追走曲・22話以降、風丸の話

 グラウンド整備のため、珍しく部活のない放課後のことだった。帰宅後すぐに買い物に出る予定だった花音だが、日直だったお陰で6限終わりに先生に用事を言いつけられ、下校予定時刻を大きく過ぎていた。そもそも荷物を職員室まで届けるという簡単なお願いだったはずが、職員室に着くと次は別の荷物を化学準備室へ、化学準備室では荷物の整理を、といった具合に次々と要件が増え、終いには先生から缶ジュースを2本せしめてもお釣りがくるくらいの大仕事になってしまった。手に入れた缶ジュースを手に、花音は昇降口へと急ぐ。
 いつもなら部活動に勤しんでいる時間に、校舎内に居るのは些か不思議な感覚がした。よく晴れた日だったため、大きく窓を開けているのだろう。上階の音楽室から吹奏楽部の音色が聞こえる。一方で帰宅部のほとんどが下校を済ませた校内は、すれ違う人は殆どなかった。
 花音は自身の下駄箱からローファーを取り出し、代わりに上履きをしまう。靴に履き替え、校舎を出ようと立ち上がった。
 不意に、聞き慣れた声が聞こえて花音は動きを止める。下駄箱の陰、昇降口の端の方で、風丸が誰かと会話している声のようだった。
「気持ちはありがたいけど、今はサッカーに集中したいんだ。すまない。」
 風丸は花音の存在に気づいていない様子で、話を続ける。会話相手であろう女子生徒の、「そうですよね…こちらこそ、突然すみませんでした。」という悲しげな声も聞こえてきた。
 ただならぬ雰囲気に花音は息を押し殺す。走り出す足音がして、昇降口がしんと静かになった。
 少しして、足音が花音の居る下駄箱の方へと近づいてくる。花音が恐る恐る振り返ると、少し驚いた表情を浮かべる風丸がそこに居た。
「盗み聞きか、花音。」
「えっいや…ごめん…。」
 咎めるように目を細める風丸に、不本意にも立ち聞きしてしまった花音は素直に謝る。肝心の部分こそ聞こえなかったが、2人の雰囲気から内容を察することはできた。
 言葉に詰まる花音に、風丸が溜息を吐く。花音は気まずそうに笑って、「ジュース、要る?」と先生から貰った缶ジュースを片方差し出した。
「えっと…さっすが風丸!モテるんだねえ」
 花音がわざとらしく戯けると、風丸が缶ジュースを受け取りながら「たまたまだよ」と少しぶっきらぼうに言う。けれど1年生の頃から陸上部で記録を残す彼は、時折異性からの告白を断っているらしいという噂があるのを花音は知っていた。そういった事象に疎い花音ですら耳にしている話なのだから、それなりに信憑性はあるのだろう。
「…凄いなあ…」
 ぼんやりと花音が呟く。告白を受ける風丸に対しての言葉なのか、勇気を出した女子生徒に対しての言葉なのかは、花音自身よくわからなかった。
 風丸が靴に履き替えて荷物を持ち直す。
「花音も付き合う…とか…興味、あるのか?」
 ぼーっと空を眺めていた花音へ風丸が視線を送った。花音は少し考えて「よくわかんないな」と苦笑いする。その言葉に安堵したのか、風丸は「そうだよな」と同意した。
「付き合ったら、もっと仲良くなれるのかな?」
 花音の問いに、風丸は「さあな」と短く答える。
「…たぶん、独占したくなるんじゃないか?」
「あー、…なるほど。」
 未開封の缶ジュースを片手に、2人はゆっくりと校舎を出た。黙ったまま正門を抜ける。沈黙に耐えきれなくなった花音が、冗談半分に1歩前へ躍り出て風丸を見つめた。
「じゃあ、今は風丸と付き合う必要ないかも。だってサッカー部が風丸のこと独占してるもんね!」
 ね?と繰り返す花音に、風丸が曖昧に笑う。花音は思っていたより鈍い反応に戸惑いながら、自身も笑って誤魔化した。
「…そう、なのかもな。」
 一拍遅れて風丸が言う。花音はそれに気を良くして、うんうんと数度頷いた。
 足元に並んだ2つの影を見下ろして、花音はふと2人きりで下校するのは初めてだと気づく。これも独占か、と薄く思って、花音は風丸の横顔を盗み見た。
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