追走曲・9話後、帰宅途中の話

 病院で倒れた花音を気遣って、送迎車に乗って涼が迎えにきた。病院のロータリーで停まった車から、涼はいそいそと降りて花音の前まで駆けつける。
「お嬢、お怪我は!?」
 珍しく取り乱す涼に花音は眉尻を下げながら、「なんともないよ。もう大丈夫。」と優しく笑う。涼の勢いに気圧されて豪炎寺がやや驚いた顔をしていた。
「あ、えっと…こちら、いとこの涼です。」
 花音が隣に立つ豪炎寺に顔を向けて涼を指す。涼は途端に表情を消して、豪炎寺に軽く会釈をした。豪炎寺も会釈を返し、花音が涼に「知ってるかもしれないけど」と断って豪炎寺の紹介をする。
 一連の流れを少し離れて眺めていた任介は、なんとも楽しそうに声をあげて笑った。
「豪炎寺も家まで送ってくれ。俺はバイクがあるから別で帰る。」
 任介は涼へそれだけ言うと、後ろ手に手を振ってその場を後にした。涼はその様子を忌々しげに眺めた後、すぐに後部座席のドアを開けて花音と豪炎寺へ乗るように促す。花音は涼に礼を言って、慣れた様子で乗車した。
 涼は2人が乗り込み終わるとドアを閉め、自分は助手席へ座った。運転手に声を掛けて車を発進させると、珍しく涼が口火を切る。
「そもそも、今日はなんでお嬢は稲妻総合病院に?」
 確かに、通院の日でもなければ自分が病院に居る理由など伝わらないだろうと花音は思った。先程任介にも同じ問いをされたなと思い返しながら「友達の妹さんのお見舞いに来て…」と答える。涼が少し難しい顔をしたのは、後部座席に座る2人からは見えなかった。
「任にいもたまたま知り合いのお見舞いに来てたみたいで、鉢合わせたの。」
 花音は言いながら、先刻の強烈な違和感の理由を考える。しかし意識を失ったからかそれは酷く朧げで、なんとなくモヤモヤした気持ちだけが胸に残った。
 黙ったままの涼を尻目に、花音は隣に座る豪炎寺に向く。車を走らせる前に大まかな家の場所は聞いていたが、細かく場所を確認しながら運転手へと位置を伝えた。
「豪炎寺くん、最近越してきた割に稲妻町の地理に詳しいよね?」
 花音が首を傾げる。
「一応、転校前にも来たことがあってな。稲妻総合病院で親父が働いているんだ。」
 豪炎寺の言葉に、花音はへえと相槌を打った。にしても詳しく感じるのは、単に豪炎寺が地理に強いからかもしれない。
「豪炎寺先生か…もしかしたら、お会いしたことあるかも?」
 花音が冗談半分に言う。すると助手席から「お嬢は一度だけお会いています。…事故直後に。」と思いもよらない声が降ってきた。
「涼?」
 花音と豪炎寺が涼を見る。涼は後部座席を振り返りながら、「印象深かったので。」と言い訳じみた言葉を投げた。
 全く記憶にない花音はまたもふーんと実感のない相槌を打つ。花音が何と言葉を返そうか考えていると、豪炎寺がそっと話を変えた。
「今日はずっとイナズマ落としの練習に付き合わせて悪かったな。」
 野生中との試合も近いため、イナズマ落としの特訓は勢いを増している。他のマネージャーより怪我の治療が得意なのもあって、花音は練習中、ほぼほぼ豪炎寺の不安定な足場で高く跳ぶ練習に付きっきりだった。
「ううん、私が見ていたかったのもあるから。どんどん高くなってくのは見ていて気持ち良かったよ。」
 先が見えてきた練習の経過を思い出し、花音が微笑む。流石とも言えるバランス感覚で、豪炎寺はみるみる内に飛距離を伸ばしていた。
「試合、楽しみだね。」
 花音は言ってから、ふとサイドミラー越しに涼を見る。横目で豪炎寺を見る涼は少し冷めた表情をしていて、理由もわからず困惑した。
 焦る花音を知ってか知らずか、豪炎寺の家の傍まで来た車は路肩に停車する。涼が助手席を降り、外側から後部座席のドアを開く形で豪炎寺を車外へエスコートした。花音は車内から身を乗り出して、降り立った豪炎寺へ声を掛ける。
「今日は迷惑かけちゃって本当にごめんね。また、学校で。」
 豪炎寺が短く返事をした後、涼が後部座席のドアを閉めた。花音はスモークのかかった窓越しに豪炎寺へと手を降る。涼が乗り込んだ車は、豪炎寺の見ている前で発進した。
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