追走曲・33話後、大会を終えて

 パネルの前に並んだ雷門イレブン一同に、眩い程のフラッシュが降りかかる。彼等に向き合ってひしめくカメラマン達が満足し、チーム全体に向けたインタビューを経て、粗方の取材陣がその場を後にした。詳しく話を聞きたい、と切り出した数名の記者と響木が段取りを確認する間、花音は円堂の持つトロフィーを見ていた。
 台座まで銀白色で統一されたトロフィーは、頂点のサッカーボールとその下部から伸びる両翼が印象的だ。ポスター等で何度か目にしたことはあったが、本物は予想以上に存在感がある。
「花音も持ってみるか?」
 円堂に差し出され、突然のことに花音は「えっ」と声を上げた。満面の笑みを浮かべる円堂とトロフィーを見比べ、それからまだ少し夢見心地の自分の手を見てから「心の準備が出来てないから、まだ辞めとく」と苦笑いする。
「もう少し落ち着いてからじゃないと、落としちゃいそう。」
「そうか?」
 2人の会話に、豪炎寺と鬼道が笑ったのが見えた。少し恥ずかしくなった花音が照れ隠しに彼等を小突く。
「円堂、豪炎寺、鬼道…それから柑月!」
 記者と会話を終えた響木が振り返って4人を呼んだ。声を合わせて返事をし、花音もまた響木の方へ視線を向ける。響木は「来い」と手招きをした。
 小走りで駆け寄った4人に響木が言う。
「記者さん達が詳しく話を聞きたいそうだ。答えるのはゆっくりでも良いからな。」
「はい!」
 代表して円堂が頷いた。堂々とした円堂、豪炎寺、鬼道の様子と、慣れない注目に花音の緊張が膨れ上がる。「改めて、優勝した今の気持ちを教えてください。」という問いに順番に答える彼等を見ながら、花音は後ろ手にユニフォームの上着の裾を握った。
「それじゃあ、柑月選手。」
「は、はい!」
 記者達の視線が花音に向いた途端、考えておいたはずの文章が飛ぶ。真っ白な頭の中、バクバクと飛び出そうな心臓を感じながら言葉を絞り出したが、必死に答えた割に自分でも何と言ったのか定かではなかった。
 決勝で得点を決めた際に考えていたことは、今大会で印象に残った試合は有るか…様々な質問に無我夢中で答える。記者達は熱心に記録を残し、「では最後に」と改まって切り出した。
「優勝したことを、今、一番伝えたい相手は誰ですか?」
 最後は逆順で、と皆の目が花音へと向く。「最後」の言葉に少し気が緩んだ花音は、反射的に口を開いた。
「お兄ちゃん…いえ、家族に…。支えてくれた家族に伝えたいです。」
 慌てて言い直した花音がぎこちなく微笑む。記者は納得した様子で、隣に立つ鬼道の方へと関心の矛先を変えた。
 花音はこっそり深呼吸をした。大役を終えた安心感で3人の横顔を盗み見る。と、今返答している鬼道の向こう、こちらを向いている豪炎寺と目が合った。
 豪炎寺が余裕そうに口角を上げる。鬼道の次、これからまた質問に回答するとは思えない落ち着きようだった。
「ありがとうございました。では次、豪炎寺選手。」
 記者の声に呼び戻されるように、花音は辺りを見た。鬼道のコメントを撮り終えた記者達が豪炎寺へと向く。豪炎寺は余裕そうな微笑みのまま、求められるコメントを提供した。

「さっきみたいな取材って、前にも受けたことがあった?慣れてるようだったけど?」
 囲み取材を終え再びチームメイト達と喜びを分かち合った後、花音と豪炎寺は円堂に促され病院へと向かうために一行と別れた。駐車場で待機しているという涼と送迎車の元へ向かいながら、花音が豪炎寺を窺う。
「木戸川で少しな。慣れてはいないが。」
 豪炎寺は肩に掛けたエナメルのカバンを掛け直しながら、素知らぬ顔をした。フットボールフロンティア全国大会常連校ともなれば、何かと取材の機会があるのだろう。
「3人共落ち着いてたから、余計に緊張しちゃったよ。」
 私まで呼ばなくたって良いだろうに、と花音は心の中で独りごちた。雷門サッカー部員達が当たり前に接するため忘れそうにもなるが、女子選手の登録は相当珍しい。決勝戦で起用され、そのうえ点も決めたともなればメディアの関心が向くのも頷ける。花音も理解はしているが、心情的に納得はいっていなかった。
「俺も緊張してたさ。」
 豪炎寺の言葉に花音が彼を見る。花音より先にスタジアムの軒を出た豪炎寺が少し眩しくて、花音は目を細めた。微かな陽の光を浴びながら彼は涼しい顔で花音を見る。
「どうだか。」
 花音が肩を竦めながら、自身もスタジアムの外へと踏み出した。
 先程まで晴れていた空が薄く雲りがかっていくのが見える。駐車場から続くロータリーにいつもの送迎車が見えた。車の傍に涼が立ち、花音達の方へ目を向けている。
 豪炎寺の「花屋に寄りたい」という希望に頷いて、花音はロータリーへ続く階段を降りた。
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