追走曲・30話以降なif、一之瀬との話

 部活終わり、サッカーボール1つだけを残して用具の片付けを終えた花音は、男子部員達の着替えが終わるのをグラウンドで待っていた。
 ゴールポストに当たるよう狙いを定め、ボールを蹴る。跳ね返るボールに反応し、駆け寄ってはまたシュートするという一連の動作を続けていた。
 集中力に欠け、息が上がってきた花音が少し投げやりにボールを蹴る。力のこもり過ぎたボールは鈍い音を立ててゴールポストに当たり、一際大きく跳ねた。
 花音の頭上を超えたボールを、背後で誰かが止めた音がした。花音が振り返り、その人を確認する。
「かずくん!」
 着替えを終えた一之瀬が、「や、」と花音に笑いかけた。思わず駆け寄った花音へボールをパスして、一之瀬も花音に近づく。花音はボールを足元に転がしたまま、彼の肩掛け鞄に目線をやった。
「早いね?何かこの後用事でも?」
 男子部員達が着替え始めてまだそう時間は経っていない。いつもならまだ誰も出てきていない頃だろう。現にグラウンドには一之瀬を除き部員の姿は無い。
「たまたまね。この後土門と秋と行くところがあるから、むしろ2人を待った方が良かったんだけど。」
 部室内で待つには少々手狭だったのだろう。練習後の部室は熱気が籠り、余計に狭く感じる。
 花音は「ふうん」と相槌を打ち、「秋ちゃんや土門と、本当に仲が良いんだね」と嬉しそうに言った。
「ああ、大切な幼馴染さ。」
 対して一之瀬は、事も無げに肯定する。その臆面の無さに花音はいつもながら少し目を丸くして、笑みを浮かべた。
「…ちょっと羨ましいな。」
 花音の声色が微妙に違ったので、一之瀬は珍しく言葉を詰まらせる。暮れかかった空の色も相まって、センチメンタルに見えた。
 一之瀬の様子の変化に気づくと、花音は取り繕うように続ける。
「変なこと言っちゃった。つまりその…素敵だなって言いたかったの。」
 慌てたようにそう言って、花音はいつもの調子で目を細めた。一之瀬はつられて笑い、優しく言う。
「俺の中では、花音も大切だよ。」
 その言葉に花音が「ありがとう」と申し訳なさそうな声を溢した。気を使わせてしまったな、と後悔しつつ、花音は一之瀬の顔色を窺う。すると存外彼の瞳はまっすぐで、当てられた花音は口を噤んだ。
「数回しか会ってないはずなのに、こんなにはっきり覚えてたんだ。きっと特別ってことだろう?」
 夕陽の輝きを映すように、彼の瞳が輝く。得意げな一之瀬に花音は気恥ずかしさから苦笑いを浮かべた。
「かずくんてサラッとそういうこと言うから、たまにびっくりしちゃうよ。」
 花音が頬を掻く。一之瀬も少し微笑んで、「でも」とまた真剣な顔をした。
「本当にそう思ってるんだ。…花音は特別なのかなって。」
 少年特有の不安定で低い声が、花音の耳をくすぐる。一之瀬の顔を直視できず、花音は曖昧な返事をして顔を逸らした。変わらず一之瀬の視線を感じ、まとまらない頭で「えーと、ありがとう?」と彼の出方を窺う。
「花音はどう?俺も少しは、花音の特別に成れてるのかな?」
 追撃のような一之瀬の言葉に、花音はまた視線を彷徨わせた。その様子に悪戯っぽく笑って、一之瀬は「冗談だよ」と付け足す。
 一瞬安堵の表情を浮かべた花音は、口を尖らせて「もう!」と分かりやすく不服そうなポーズをした。
「花音!部室空いたぞー!」
 遠くから円堂の叫び声がして、花音が「はーい」と手を振った。足元のボールを拾い上げ、一之瀬に「着替えてくるね」と告げる。一之瀬は右手を挙げてそれに応えた。
 逃げるように部室まで走ったせいか、いつもより少し上がった息を整える。花音が中に入ると木野が机を前に腰掛け、応急処置セットの補充作業をしていた。
「花音ちゃん、どうかした?」
 花音の表情を見た木野が首を傾げる。木野の問いに見当がつかず、花音は「え?」と声を漏らした。
「いつも見ない表情をしてるみたいだから。」
 花音が「なんでもないよ」と首を横に振る。尚も不思議そうにしながらも、木野は「そう…?」と会話を畳んだ。
「それよりも、秋ちゃんこの後予定があるんじゃないの?残りは私がやるから、今日は早く帰りなよ。」
 ね?と微笑みながら念を押す。木野は促されるままに「じゃあ…」と腰を浮かせた。
 後ろめたそうな木野の背を押して、花音は木野に別れの挨拶をする。部室で1人きりになった花音は、長い息を吐いて両手で頬を押さえた。
「特別…」
 呟いた言葉はむず痒く、花音は眉間に皺を寄せる。忘れようと首を振るが、その言葉はなかなか頭を離れてはくれなかった。
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