追走曲・30話以降なif、メイド服と鬼道

 練習終わりに部室で帰り支度を整えていた花音を音無が呼び止める。楽しげに笑う音無に、花音は「どうしたの?」とつられて笑顔を作った。
「カメラのデータを整理していて、出来よく撮れた写真を何枚か現像したんです!」
 「ぜひ見てほしくて」と渡された写真の束に花音が目をやる。練習や試合での記録写真とは思えない、生き生きとしたサッカー部が写っていた。
「わあ、凄いね。さすが元新聞部!」
 花音の言葉に近くに居合わせた一之瀬や鬼道が手元を覗き込む。感嘆の声をあげる面々にも見えるよう、花音はゆっくりと写真を捲った。
「えっ…これは?」
 驚いた一之瀬の声に音無が該当の写真を確認する。メイド服を着た雷門、木野、音無が可愛らしくポーズを取る1枚だった。
「秋葉名戸学園との試合の時の写真です。」
「フットボールフロンティア地区予選の3回戦直前だね。」
 音無と花音が秋葉名戸のルール・マネージャーはメイド服着用を説明する。一之瀬は「なるほど」と言いつつも、理解しかねると言いたげな表情を浮かべていた。
「やっぱりみんな似合ってて可愛いね」
 ホクホク顔の花音に音無が照れたように笑う。と、音無が目を丸くし、表情をこわばらせた。
 花音が彼女の視線を追い、背後へと目を向ける。そこには眉間に皺を寄せつつ笑みを浮かべる雷門が立っていた。
「あら、柑月さん。貴女も着たら良かったじゃないの。」
「いやー、あの試合以降選手だし。」
 残念だなーと嘯く花音に、雷門が「用意させても良いのよ」とチクリと刺す。冗談では済まなくなりそうな雰囲気に花音は「いやいや」と言葉を濁し、再度写真に目をやった。
「でも本当に似合ってるよ。ね、有人?」
 花音が傍の鬼道に同意を求める。鬼道は「ああ。」と臆面もなく頷いて続けた。
「花音も似合うと思うが。」
 以前社交パーティーで着ていたドレスに似ている、と言う鬼道に懐疑的な表情で花音が思考を巡らす。
 そんな衣装を着た覚えは花音にはない。逸らした話題を花音へと戻す鬼道に、花音は恨めしそうに目線を送った。鬼道は素知らぬ顔で言う。
「雷門の言う通り、着たらどうだ?」
 周囲の視線が花音に集まった。呆れた様子で花音は重い口を開く。
「…イベントでもあれば着るよ。私1人は流石に嫌だけど。」
 花音は、一緒になっちゃんも着てくれるなら、と写真と視線を雷門へ向けた。
 雷門は懐かしいスリーショットを見て、途端に顔を赤らめる。花音の手から写真を引き剥がし、「なんでそうなるのよ!」と大きく叫んだ。

 部室を出た花音は、同じく部室を出た鬼道に「でもさ」と唐突に声を掛ける。鬼道は突然な語り出しに怪訝そうにしながらも、花音の言葉を待った。
「黒いドレスなんて着た覚えないけど。」
 涼が用意する社交用の衣装は、中学生の花音に合わせて明るい色合いばかりだ。まして、写真に写ったメイド服のような丈のドレスなんて殆どない。鬼道が何故ああ言ったのか、花音は問い詰めるつもりでそう言った。
「ああ、見た覚えはないな。」
 鬼道はあっさりそれを認め、悪びれず歩き出す。花音もその肩に置いていかれないよう、校門へ向かう道を小走りで進んだ。
「じゃあなんで」
 至極真っ当な花音の疑問に、鬼道は口の端を上げながら「あの時、春奈が着てほしそうな顔をしていたからな。」と言う。花音は予想外の答えに苦笑いを浮かべ、「ほ、本当に?」と言葉を漏らした。雷門中の門をくぐり、2人は揃って道を曲がる。
 鬼道からの返事が無いことを不思議に思った花音が、ちらりと横目で彼を見った。鬼道は唇を巻き込むようにして口を噤んでいる。見たことのない彼の表情に、花音は目を瞬かせた。
「有人?」
 花音の問いに背を押されるようにして、鬼道はポツリと言った。
「少し、見てみたかったんだ。」
 花音はぽかんと口を開け、ゆっくりと鬼道の言葉を咀嚼する。その間が耐えきれなかったのか、鬼道は早口に「冗談だ」と付け足して、歩く速度を上げた。
「ま、待って」
 花音が置いていかれないよう歩く速度を上げる。徐々に込み上げる恥ずかしさに頬を染めながら、花音は「どっちが本当?」と意地悪く伺った。意趣返しのつもりだったが、またも口を閉ざす鬼道に何故か花音まで緊張を覚える。暫し目線を彷徨わせ、今度は花音が力無く呟いた。
「機会があったらね。」
 いつもより言葉数の少ない2人を、夕陽だけが覗いていた。
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