追走曲・31話くらい、鬼道とちょっと暗い話

 決勝戦を間近に、雷門サッカー部の練習に気合が入ってきた。今日も遅くまで練習が続き、心地よい疲労感が帰路につく鬼道を包んでいた。まだ火照る額に汗が滲み、ジャージの袖で拭う。円堂達と別れ1人歩く見慣れた道は、夜の訪れを前にひっそりと佇んでいた。
 鬼道は何気なしに、道沿いの公園に目をやった。いつもなら小さな子供の楽しげな声が聞こえるその公園だが、今は音もなく、人の気配もない。いや、よく見れば1つ人影を見つけ、鬼道は驚きつつ目を凝らす。見慣れた人物であったことに再度驚き、思わず近寄った。
「花音?」
 鬼道の呼び掛けに花音が振り返る。制服を着込み、ブランコに腰掛けた花音はチェーンを握ったまま「あれ?有人!」と自身も驚いた声を出した。
 鬼道が「何故ここに」と問うのと時を同じくして、花音は公園の時計を確認しああ、と頷く。「少し用事で」と微笑んだ花音に、鬼道は黙って見つめたままだ。
 花音はその日、珍しく雷門サッカー部の練習を休んだ。雷門から「家の事情」とだけ説明があり、学校自体休んだと聞いていた。一方で目の前の花音はいつもと変わらぬ制服姿のため、鬼道は内心オーバーワークによる怪我を懸念していた。
 そんな鬼道の胸の内を察してか、花音は言いづらそうに目を逸らし「今日、お父さんとお母さんの一周忌でさ…」と言葉を漏らす。鬼道ははっと息を呑んで、少し悩んでから花音の隣のブランコへ腰掛けた。
 掛ける言葉を探す鬼道を待たず、花音は明るく言う。
「久しぶりに宗雲の親戚に会ったんだ。元気になって良かった、サッカー応援してるよって言ってもらっちゃった。これは優勝しないとだね!」
 笑みを浮かべる花音の横顔に、鬼道は「そうだな」と頷いた。暫し沈黙が横切って、再び花音が口を開く。
「…有人は、春ちゃんと別れて鬼道家に引き取られて…、鬼道有人に慣れるのに、どのくらいかかったものなの?」
 花音は俯き、ローファーの先についた砂汚れを見つめた。日が沈み、公園の街灯が落とす影が2人分、ブランコに揺れている。
「…どうだろうな。引き取られた当時は鬼道家を継ぐために覚えることが多くて、救われていた部分もあるだろう。…とはいえ、今でも自分の存在が不安になる時もある。」
 鬼道の言葉に、花音は少し驚いて目を見開いた。一度目を伏せ、数拍置いて呟く。
「…やっぱり有人は凄いね。恐れ入るよ。」
 両足を地面に突っ張るように伸ばした花音に、ブランコのチェーンが控えめな金属音を鳴らした。小さなその音が閑静な公園では一際響いて、2人の孤独感を煽る。
 花音が「私は」と何か言いかけて、口を噤んだ。目を開けた彼女は一瞬鬼道に目線を向け、すぐに空を見上げる。
「親戚のみんなのこと、大好きなのに…もう会いたくないの。最低だね。」
 酷く小さな声で、花音が言った。鬼道は聞き逃すまいと彼女の唇を注視する。口角を上げた花音は「お母さんとお父さんの事故を、早く過去にしたいみたい。」と、どこか他人事のように笑った。
「親戚とは頻繁に会ってなかったのか。」
「みんな遠方に住んでるし…記憶のこともあって、任にいが『今は難しい』って言ってくれていたんだって。」
 知らなかった、と花音が肩を竦める。
 鬼道の表情を盗み見て、花音が話題を切り上げようとするより早く、鬼道は「だから」と納得の声色を出した。
「柑月さんは、花音を引き取ったのか。…退院後も雷門中に通えるように。」
 虚をつかれたような顔をして、花音が鬼道を見る。彼女はそっと目を逸らし、笑みを浮かべた。
「…たぶん、真の目的は『私達兄妹が一緒に暮らせるように』だと思うよ。…どこの親戚にお世話になっても、きっと2人一緒は難しいもの。」
 遠い目をした花音は、両脚を曲げ伸ばしてブランコを揺すった。大きく揺れたブランコは、定期的に花音と鬼道を引き合わせ、また引き離していく。
 それでも、「まして目の覚めない怪我人なんて」という彼女の声を鬼道は聞き逃すことはなかった。
 ブランコの金具が軋む音が、2人の沈黙の間を繋いだ。チェーンを掴む手に力を込めて、花音が揺れに合わせて飛び跳ねる。ブランコを離れた花音は数十センチ先に仰々しく両手を上げながら着地して、いつもの笑顔で振り向いた。
「帰ろ!遅くなっちゃった!」
 公園の時計を指差す花音に、鬼道が黙って頷く。立ち上がる鬼道の背後で、ブランコが音を立てて揺れた。
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