追走曲・30話途中、夜中の話

 不意に目が覚め、花音は身を起こす。そこが慣れない体育館の布団だと気づくと、不鮮明ながら辺りの様子が掴めてきた。
 隣の布団では木野がすうすうと規則正しい寝息を繰り返している。館内は暗く、足元を視認するのもやっとだが、お陰でまだ起床時間には程遠いことが理解できた。
 このまま布団に潜っても再度入眠するのは難しいだろう、と思った花音は、眠気がやってくるまで外の風に当たろうと思い立つ。そろりそろりと立ち上がり、静かに体育館内を進んだ。
 足音こそ立たないが、ペタペタと裸足で床を踏み締める感触は印象的だった。薄く開いた戸を抜けて、下駄箱から自分の靴を取り出す。踵を潰して外履きを履くと、音に気をつけながら体育館の厚い扉の外へ出た。
 外は月明かりで照らされ、建物内より幾分明るく感じる。コンクリートの基礎の上に、自分と同じく眠れない誰かを見つけた。
 少し驚いた表情の音無が、無言でこちらを見ている。花音が「どうかしたの?」と問いかけると、彼女は苦笑いしながら言った。
「ちょっとだけ、お化けかと思っちゃいました…。先輩こそ、こんな時間にどうしました?」
「少し目が覚めちゃって。」
 夜風が優しく頬を撫でる。夜の闇に包まれ静まり返る校庭は、まるで知らない場所のようだった。
 花音は音無の隣へ腰掛ける。と、背後から足音が聞こえ、2人で振り返った。
「あれ?風丸…」
 花音の声に、風丸も2人の方を向く。概ね事態を把握したらしい風丸は、「緊張して眠れないみたいだ」と笑った。
「それは…体育館が?それとも決勝が?」
 花音の問いを聞きながら、風丸も2人の元に並ぶ。同じく階段の段差に腰掛けて、「決勝かな」と呟いた。
「へえ、ちょっと意外。」
 花音が「風丸は陸上部の記録会とかで、慣れてるものかと思った。」と言うと、風丸は「そうでもないさ。」と困ったように笑う。そういうものか、と納得する花音に、彼は「繊細なんだよ」と軽口を叩いた。
「前から思ってましたけど、お2人って仲良いですよね?」
 音無の問いに、2人の視線は音無へ向く。花音は確かに、と呟いてから「1年生の頃からクラスメイトだからちょっと楽かも」と頷いた。
 サッカー部という共通項も増え、以前よりよく話すようになったのはあるかもしれない。改まって仲が良いと言われると面食らってしまうが、案外彼女の言う通りだ。
 花音が横目に風丸の様子を見る。彼も少し納得したような表情をしていた。最も、サッカー部の他に陸上部の仲間を持つ風丸は、1年生の上半期に入院し比較的友達の少ない花音とは違う感想を持っているのかもしれない。花音は悪戯っぽく「でも風丸さんは人気者だからなぁ」と口を尖らせた。
「風丸先輩は面倒見がいいですよね」
 音無がまっすぐな瞳で風丸を見る。当の本人は曖昧に笑うので、花音は「DF陣のまとめ役って感じがあるよね」と音無の発言を追撃した。
 風丸は2人の言葉に照れたように目を逸らしながら、「でもまさか、こうしてサッカーをプレーしているなんて、去年の俺は思わなかっただろうな」と感慨深げに言う。
 帝国学園との練習試合を機に風丸と音無含む数人の部員がサッカー部に入部した。花音も入部当時の自分に思いを馳せ、遠い過去のように感じる日々に口元が緩む。
「私も。」
 花音が小さく同意すると、音無も無言で頷いた。あの日、河川敷で円堂達に会わなかったなら自分は今頃どうしていたのだろう、と何度目か分からない考えが頭を過ぎる。色々なことを乗り越え遂に決勝戦を迎えると思うと、遠のいていた緊張が花音の胸を高鳴らせた。
「優勝したいね。みんなと。」
 花音が小さく呟いて、月を見上げる。
 煌々と夜闇を照らす月は、静かに3人を見下ろしていた。
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