追走曲・31話途中、豪炎寺との話

 ボウルに積まれたジャガイモの山を前に、豪炎寺と音無が着々と皮剥きを済ませていく。豪炎寺の手際の良さを褒める音無の声を聞きながら、花音は剥かれたジャガイモを1つ取り、まな板の上に置いた。隣で作業する土門のそれを見習い、花音がジャガイモを適当な大きさに切り分けていく。
 合宿という非日常が、サッカー部の雰囲気を明るくしている。アフロディによる洗礼を受け沈んでいた雷門イレブンに、響木の提案はとても効果的だった。ただ1人、秘伝の書を読み耽る円堂を除いて、部員達の表情に笑顔が浮かんでいる。
 花音は横目で、皆の輪から離れ腰を下ろす円堂を見た。
 必殺技の習得に固執する彼は、薄暗い中で難しい顔をしている。
 焦る気持ちは花音にもあった。確かにチームの雰囲気は良くなったが、世宇子中のプレーに付いていけなければそれまでだ。花音自身、密かに必殺技の練習をしており、習得までもう少し練習を重ねたい。そう思っていた。
 チクリと花音の左手に痛みが走る。思わず「あ、」と小さく声を溢し、花音は左手を見た。ぼんやりしていて包丁が触ってしまったらしい、左中指の第二関節少し上に薄く線が入っている。じんわりと血が滲んで、時間差で指先を赤く色付けた。
 さほど痛みは無い。傷口を覆う雫が膨れるが、まるで自分の身体でないように感じる。土門と少林寺の会話を耳に、不甲斐ない気持ちで花音は息を吐いた。
 不意に視線を感じ、花音が目線を上げる。向いで作業をしていた豪炎寺と目が合い、反射的に右手で左手を包んだ。
「見せてみろ」
 豪炎寺がテーブルを迂回しながら言った。花音は渋々右手を下ろし、浅い傷跡を彼の目に晒す。
 花音の指を確認した豪炎寺は、少し安心したように肩を下ろした。その様子に、花音は恥ずかしさから身を縮こませる。
「どうしました?」
 音無がジャガイモとピーラーを持ったまま花音に問いかけた。花音は「何でもないよ」と情けない笑顔を見せ、手を洗うと言い残しその場から逃げ出す。人気のない水道で傷口を濯ぎ、深いため息を吐いた。
 持ってきた荷物の中から絆創膏を取り出し、巻きつける。片手で絆創膏を巻き付けるのは存外難しく、少し手間取った。そうこうしている間に晩御飯の準備は進み、花音が作業していたテーブルに戻ると、彼女が担当していた仕事はほとんど無くなっていた。
 幾つも置かれていたボウルは1つを残して鍋へと運ばれたらしい。豪炎寺が残ったジャガイモを切り、ボウルに積んでいる。
 手持ち無沙汰な花音は、辺りの使い終わった調理器具を集め始めた。流しへ運ぼうと持ち上げた花音に、再び豪炎寺が言葉を投げる。
「洗い物は俺がやるから、切り終えたジャガイモを運んでくれないか?」
 豪炎寺は最後のジャガイモをボウルに積み、まっすぐ花音を見ていた。一瞬彼の意図が分からず首を傾げた花音だが、それに思い当たって思わず笑みが溢れる。
「豪炎寺、お兄ちゃんみたい。」
 指を切ってしまった花音を案じて、水が沁みるような作業を代わってくれようとしているらしい。その何気ない気遣いに、花音は兄を連想した。
「それは任介さんみたいに過保護って意味か?」
 豪炎寺が少し不服そうに薄く笑う。
 花音はまた一拍虚を突かれたような顔を見せ、「そうじゃなくて…」と口ごもりながら小さく俯いた。
「任にいじゃなくて、お兄ちゃん、みたい…」
 小さく溢した声に、豪炎寺も少し目を見開く。しかしすぐに柔らかい表情を湛え、「花音も、夕香に似て元気すぎるところがあるな」と肩をすくめた。
 その呆れたような物言いに、花音は思わず吹き出して「それって喜んでいいやつ?」と豪炎寺を見上げる。言い方は気になるが、彼があれだけ大切に思う妹に似ているというのは悪い気がしないな、と心の中で独りごちた。
 豪炎寺は花音の問いには答えず、ジャガイモが山盛りになったボウルを差し出した。花音はそれを受け取り、わざとらしく彼に言う。
「ありがとう、お兄ちゃん?」
 不敵に笑った花音がボウルを抱えて鍋へと向かう。似た境遇にある彼に不思議な仲間意識を持っている自分に気づき、花音はふと口元を綻ばせた。
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