21話 1/2

 円堂が理事長の提案した部室の建て替えを断った。雷門は少し不服そうだが、「この部室も仲間だ」という円堂の主張に花音は納得させられてしまった。
 一同は練習を再開するために部室を飛び出していく。校舎の傍を走るサッカー部に、校舎内の生徒達が声援を送った。地区大会優勝のお陰か、ここ最近は学校中がサッカー部の話題で持ちきりだ。窓から見ている生徒達に微笑みで返し、花音もグラウンドへと駆け降りる。
 途中、ランニングしていた陸上部の集団とすれ違った。
「風丸さん!」
 聞き慣れない声に花音が目だけで様子を窺うと、風丸が陸上部の生徒・宮坂に声を掛けられ足を止めている。そのまま彼に連れられて、風丸は陸上トラックの方へ行ったようだった。

 陸上部から戻ってきた風丸は、傍目からでも分かるほど調子が悪かった。先程まで上手くいっていた炎の風見鶏も、何度試しても失敗するばかり。その日の練習を終えるまで、遂に一度もゴールを割ることはなかった。
 練習後、片付けを終えた花音はグラウンドの端で腰を下ろしている風丸を見つけた。他の男子部員達は今頃部室で着替えを始めている頃だろう。1人グラウンドを見つめる風丸は少し遠い目をしている。
「かーぜまるくん!」
 花音がわざと明るい声で呼び掛けると、やっとこちらに気づいたらしい風丸が「花音か」と零した。花音はすぐ傍まで近づき、「…隣、いいかな?」と顔色を窺う。
「ああ。」
 はにかみながら頷いた風丸の表情には、いつにも増して憂いが見えた。
 花音と風丸は1年生の頃からのクラスメイトだ。入学初日に声を掛けた時には、まさか2人ともサッカー部でチームメイトになっているなんて思ってもみなかった。風丸は1年生ながら陸上部で良い成績を残していたから、尚更だ。
「今日、調子悪かったね?」
 慣れからか余りにもストレートな物言いになってしまい、花音は内心慌てる。しかし風丸は気にする様子もなく、「まあ…」と顔を逸らしながら曖昧に笑った。歯切れの悪い返事に、彼の余裕の無さが表れているようだった。
 花音も風丸に倣って前を向いた。
「見当違いだったらごめんね、」
 突然の前置きに、今度は風丸が花音を見る。いつもより幾分大人びて見えるその横顔に、風丸は言い知れぬ感覚を覚えた。
「私、風丸が陸上でどんなに活躍していたか…どんなに頑張ってたか知ってるから、サッカー部辞めないでって言えないよ。」
 そう言って花音は目を伏せる。風に髪が躍り、長いまつ毛が揺れた。人も疎らな夕暮れのグラウンドの雰囲気も相俟って、その一つひとつがやけに印象的だった。
 花音が目を開け、風丸へ振り返る。
「風丸のやりたいことをやってほしいなと思う。たぶん円堂も、サッカー部のみんなも応援するよ。…もちろん、選択肢だってサッカーと陸上だけじゃないし。」
 微笑んではいたが、花音の目は真剣だった。
 風丸は「そんなに分かりやすいかな、俺」と苦笑する。練習中、豪炎寺にも似たようなことを言われたばかりだった。
 花音は得意げに笑い、そして立ち上がる。ユニフォームに付いた小さな芝を払いながら、言った。
「すぐに答えは出さなくてもいいと思う。でも、決めたら私にも教えてね。いーっぱい、応援する!」
 無邪気そうに大きく拳を上げた花音を、風丸が眩しそうに見つめていた。


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