18話 1/2

 響木を監督に迎え、雷門中サッカー部は地区大会決勝戦の日を迎えた。試合会場の帝国学園スタジアムへと向かう電車の中、花音は窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。
 円堂の声に一同が盛り上がり、チームに気合が入る。しかし花音はその波に乗れず、騒つく心を持て余した。微かに指先が震える。
 先日まで頭を占領していた、涼のことや帝国学園との確執とは違う、「よくわからないなにか」が原因なのはなんとなく分かった。窓の外の曇天が、花音の心を表しているかのようだ。
 隣に座る豪炎寺を横目に見る。腕を組んで目を伏せる彼は、花音には余裕そうに見えた。窓の外に視線を戻すと、遠くに帝国学園の建物が見える。花音は浅くなる呼吸を落ち着けようと右手を胸に置き、ジャージの胸ぐらを強く掴んだ。
「花音?」
 花音が前を向くと、ボックス席の向かいに座る円堂が心配そうにこちらを見ている。彼と目が合い、彼を中心に盛り上がっていた雷門イレブンもまたこちらを見つめている事に気づく。
「えっと…ごめん、何だっけ?」
 取り繕うように笑う花音だが、その声は震えていた。「大丈夫か?」と問う円堂に、周囲も心配そうな表情を浮かべる。花音は小さく頷いて、また笑った。
「大丈夫。…試合、頑張ろうね。」

 雷門中サッカー部が用意されたロッカールームに着いた時、鬼道が中から出てくるところに鉢合わせた。一同は「ロッカールームに罠が仕掛けられているのでは」と疑心暗鬼に陥り、何よりも先に念入りなチェックをしている。花音はそれに加わる気にも傍観する気にもなれず、1人ロッカールームを出た。
 長く続く無機質な廊下、自然の影すらない建物に、花音の頭は平衡感覚を鈍らせていく。酸欠の時のような吐き気がして、耳鳴りの向こうに足音が聞こえた。
 次第に大きくなる足音に花音はそちらを向く。背が高くサングラスを掛けたーー恐らく年齢は響木くらいだろうーー男性が近づいてきた。視界がふらついて動けない花音の前まで来ると、男性が口を開く。
「君が…柑月花音さん、か。」
 突然自分の名を呼ばれ、花音は慌てて返事をする。男性は上擦った花音の声を気にする様子もなく「私は帝国学園の監督の影山だ。」と続けた。
「あ…」
 影山、という名に花音は合点がいく。少年サッカー協会副会長として、花音の試合参加を勧めてくれたという人の名だ。
 花音はぎこちなくお辞儀をして、「検討会ではありがとうございました。」と礼を言う。僅かに震える手を握って、花音は顔を上げた。
「君にとっても、この試合は因縁の戦いになるのかな。」
 影山が小さく笑うが、花音は言葉の意味を図りきれずに首を傾げる。それを見た影山は余計に愉快そうに笑った。
「…君のプレーを、この目で見てみたかったよ。」
 それだけ言い残し、影山は立ち去る。
 花音は強く手を握って、大きく息を吐いた。

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