12話 1/2

 広々としたダンスホール、煌びやかに明かりを灯すシャンデリア。揺れる蝋燭の炎と奏でられる賑やかな音色達が華美な屋敷を引き立てる。
 鬼道が退屈なパーティにうんざりとしていた時、ふと視界に見覚えのある横顔を見つけた。淡い水色を基調とした華やかなドレスを纏った花音だ。彼女は時に幼さも残る表情で、時に落ち着いた調子で、周囲の大人に混じって談笑をしていた。
 今日は傍に涼は見当たらない。尤も、花音と初めて会った日にも涼の姿は見えなかったはずで、今日も少し離れた場所から気にかけているのかも知れない。
 花音の周囲の大人達は社交場にしては珍しく少々赤ら顔で、心なしか声も大きかった。花音は疲れが見える様子で大人達の話に相槌を打っている。
 鬼道は退屈していたのも相まって、花音に声を掛けた。
「柑月様、お久しぶりです。」
 花音の瞳が鬼道を捉える。シャンデリアの光を映すように明るく輝いた。
「鬼道様!ご機嫌よう。…先日は涼が大変ご無礼を。」
「いえ、こちらが悪かったのです。お気になさらずに。」
 言いながら、鬼道は花音と会話をしていた大人達に背を向けて花音と彼等の距離を作る。酔いが回っているのか、大人達は花音が会話を抜けても気にする様子もない。
「こちら混み合っていますので…少し、場所を移しませんか?」
 鬼道が目線で廊下を示すと、花音は素直に従った。
 廊下には天井まで伸びる大きな窓があり、窓際に長椅子が何脚か置かれている。疲れた参加者が休めるようにとの配慮だが、ホールに比べると少し寒いせいか誰も居なかった。
「…助かりました。」
 花音は左手を胸に置き、ほっと肩を下ろす。
 ホール内とは打って変わって静かな廊下に、漏れ聞こえる音楽が響く。2人は長椅子に腰を下ろし、移動時に受け取ったグラスに少し口をつけた。
「無理して敬語で話さなくてもいい。…あまり慣れないんだろう?」
 鬼道の問いに、「変、でしたでしょうか?」と花音は不安げな顔をする。そうではないと断って、鬼道は目を伏せた。
「単純に、俺が疲れただけだ。」
「そう…そっか。」
 花音が砕けた声色で受け入れる。本来の彼女の話し方で、花音は鬼道を窺った。
「鬼道くんは、…涼の知り合いなんだね。」
「ああ。」
「サッカー部のキャプテン?」
 鬼道が瞼を上げて花音を見る。
「そうだ。」
 それを聞いた花音は「そっか」と頷いた。鬼道は花音に倣って斜め上を見上げる。
「帝国学園、だよね。…どんなところなの?」
 花音の発言に、鬼道は驚いて眉を上下させた。涼はもちろん、義理の兄・任介も帝国出身だと聞いていたので、てっきり花音はよく知っているのかと思っていたからだ。
「各務からは聞かないのか?」
 不思議そうな鬼道の声色に、花音は肯定する。花音の知る涼は、帝国学園の話をするのを嫌がる節があった。
「サッカー部が強いことは知ってるよ。」
 花音がイタズラっぽく笑う。花音は先日、雷門中対帝国学園の練習試合で見た光景を思い出す。試合は大して見れなかったが、コートの中で一際目立つ鬼道は覚えていた。
「まあ、そうだな。」
 鬼道は呆気なく強さを認める。毎年フットボールフロンティアの頂点に輝いてきた実力のある学校だ。謙遜するのもおかしな話だろう。
 花音はその様子に、嬉しそうに笑った。
「鬼道くん、サッカー好きなんだね。」
 サッカーの話を振った時の鬼道が、花音には今までより楽しそうに見えた。鬼道は唐突な花音の言葉に意表を突かれつつも、同意する。
 花音が手元のグラスを煽った。鬼道もつられて口をつける。冷えた液体が喉を通る感覚がはっきりと分かった。
 少し間を置いて、鬼道が口を開く。
「柑月は、各務と知り合って長いのか?」
 鬼道は、花音と出会った日の涼の言葉の意味を考えていた。
『お嬢に、近づかないでください。お嬢のためにも、あなたのためにも。』
 花音自身に何か訳があるのかと思っていたが、話してみても普通の少女にしか見えない。
「昨年…柑月家に引き取られてからだから、鬼道くんより短いくらいじゃないかな。」
 花音は「任にいとは以前から知り合いだったけど。」と鬼道に向けて笑った。正面から花音に笑顔を向けられ、ふと鬼道は既視感を覚える。考え込む鬼道を他所に、花音は椅子から立ち上がった。
「そろそろ戻ろっか。」
 花音の言葉に鬼道も立ち上がる。飲み干したグラスを片手に、花音が鬼道を振り返った。
「今日は楽しかった。…またゆっくり話せると良いな、鬼道様。」
 そう言った花音が困り笑いを浮かべている意味を、鬼道はまだ知らなかった。

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