06話 1/2

「豪炎寺くん!」
 豪炎寺が病院の前へと着いた時、突然背後から大きな声で呼びかけられた。思わず振り返ると、花音が息を切らして走ってくる。目の前で花音が息を整えている間、豪炎寺は律儀に立ち止まって次の言葉を待っていた。
「今日の試合、どこか怪我したの?」
 心配そうな声色の花音に、豪炎寺は「大丈夫だ」と冷静に返答する。試合後に豪炎寺が病院へと入っていく姿を見て、慌てて走ってきた花音は、その言葉に表情を崩した。
「そっか、よかったー…。じゃあ、なんで病院に?」
 柔らかい口調で問うた花音だが、少しだけ鋭く窺うように豪炎寺を見る。豪炎寺は彼女の意図するところが理解できず、眉根を寄せた。「ちょっとな。」と濁した豪炎寺に、花音は少し目を泳がせてから、ふっと息を吐いて囁く。
「嫌だったら答えなくてもいいんだけど…、もしかして夕香さん、なの?」
 2人の間を一陣の風が吹き抜けた。

 先を行く豪炎寺の背中を追いながら、やはり聞くべきではなかったのだろうか、と花音は心の中で何度目かの後悔をしていた。病院前で問いかけた後、豪炎寺は少し黙ってから「ついてこい」と一言だけ言った。その後特に口を開くこともなく、勝手知ったる様子で病院内を進んでいる。
 と、豪炎寺がふと1つのドアの前で立ち止まった。「豪炎寺夕香」と書かれたその部屋のドアを、彼は躊躇いもなしに開く。部屋の中には、清潔なベッドに横たわる幼い少女が居た。
 中へと踏み入れる豪炎寺につられ、花音も少女の寝転がるベッドの脇へと立つ。近づいてみると、幼い彼女の瞳は堅く閉じられていた。
「俺の妹だ。」
 簡潔かつ呆気なく、豪炎寺は言った。柔らかそうな頬に、薄い唇、肩下へと伸びる髪。花音が言うべきを言葉を探していると、豪炎寺は言葉を続けた。
「…夕香は…、去年のフットボールフロンティア決勝戦の日に事故にあって、それから目を覚まさないんだ…。」
 花音は、悪い冗談でも聞いているような気分だった。目の前に眠る少女は規則正しく息をしていて、豪炎寺の言うような状態にはとても見えなかった。しかし、苦しそうな豪炎寺の表情を見て、悲しきかなそれが嘘ではないのだとはっきりと理解できてしまう。
 帝国学園との練習試合の時に耳にした、豪炎寺の十字架。その正体は、眠り姫だった。今にも目覚めそうだからこそ、いつかぱちりと目を開けるんじゃないかと思うからこそ、辛いのだろうと花音は思った。
 黙ったままの豪炎寺に、花音は遠慮がちに口を開く。
「…私の両親、事故で亡くなったの。」
 唐突に語り始めた花音を、豪炎寺は何も言わずに見つめる。
「今暮らしてるのは知り合いの家で…毎日楽しく過ごしてる。」
 花音の親は即死だったらしい。花音自身の意識がはっきりとしない内に葬式が挙げられ、結局まともに別れも言えないままだった。
「たまに、私ばっかり笑ってていいのかなって不安になる時があって。…でも、今の家族が『居ない人の分まで笑え』って声を掛けてくれるの。」
 大きなお世話かもしれないけど、と苦笑しながら花音は豪炎寺へと視線を移す。豪炎寺は花音をその目で射抜きながら、静かに話を聞いていた。
「豪炎寺も夕香ちゃんの分まで笑って、いつか夕香ちゃんが目覚めたときに誇れるぐらいサッカーで活躍していてほしいな。…私が夕香ちゃんなら、そう思うかなって。」
 花音は豪炎寺から夕香へと向き直り、そっと微笑んだ。
「…初めまして、夕香ちゃん。柑月花音です。よろしくね。」
 応えない妹に挨拶する花音を見て、豪炎寺は少しだけ目を細めた。

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