31話 1/3

 決勝戦を目前に、雷門サッカー部では気合のこもった練習が続いていた。依然として円堂の新必殺技は完成の目処が立たない。マネージャーのおにぎりに励まされながら、今日も長い練習を終えた。
 花音は、片付けを終え部室に戻ろうとしていた鬼道を見つけ「お疲れ様」と明るく声を掛けた。鬼道は同じく慰労の言葉を返し、彼女の表情に不可解そうな顔をする。明るい声色に反し、花音の表情は真剣そのものだった。
「有人、このあと時間ない?ちょっとだけ手伝ってほしいことがあって。」
「予定は無いが…」
 そう言いながら、鬼道は花音が手にしているサッカーボールに目をやる。花音もそれに気づき、「ちょっとだけ、追加練習。」とウィンクをした。
「決勝戦までにマスターしたい技があって。有人ならタイミング取れるんじゃないかと思うの。」
「俺…?」
 尚も不思議そうな鬼道に向けて、花音は頼りなく微笑んで続ける。
「お兄ちゃんの…宗雲政の技なの。」
 鬼道が息を呑んだ。改めて花音の表情を盗み見た鬼道が、彼女の決意の固さを感じて押し黙る。
 花音は打って変わって戯けた様子で「でも、恥ずかしいからみんなには内緒ね?」と笑った。
 数日前より傷だらけになった花音に、鬼道は神妙な面持ちで頷く。
「決勝戦までに完成させよう、必ず。」
 噛み締めるようにゆっくりと鬼道が言い、2人は共に少し口角を上げた。

 円堂の新必殺技の特訓のため、ゴール前に立つ彼に向けて豪炎寺と染岡がドラゴントルネードを、鬼道と一之瀬がツインブーストを、それぞれ同時に放った。しかし、雷門サッカー部一同の視線の先で、円堂ではなく何者かが2つのシュートを片手で受け止める。
「お前すごいキーパーだな!?」
 円堂が目を輝かせて来訪者に話しかけた。対して来訪者は、表情を変えずにそれを否定する。
「いや、私はキーパーではない。我がチームのキーパーは、こんなの指一本で止めて見せるだろう。」
「そのチームってのは世宇子中のことだろう?アフロディ」
 鬼道の一言に、雷門サッカー部がどよめいた。
 アフロディと呼ばれた少年は円堂に向き直ると、「世宇子中のアフロディだ。君のことは、影山総帥から聞いている。」と余裕たっぷりに言った。
 話題に上がった名前に反応して、花音は下唇を噛む。鬼道は落ち着いた様子でやはり、と事態を受け入れた。
「てめぇ、宣戦布告に来やがったな!」
 染岡が声を荒げる。アフロディは笑うと、宣戦布告では無い、と言った。
「私は君達と戦うつもりはない。君達は戦わない方が良い。それが君達のためだ。」
 目を細めるアフロディへ、一之瀬が何故かと問う。するとアフロディは、あっけらかんとした様子で「負けるからさ。」と言い捨てた。
 言葉を失う雷門サッカー部へ、「神と人間が戦っても、勝敗は見えている。」と彼は続ける。一之瀬の「自分が神だとでも言うつもりかよ!」という言葉に、アフロディは返答を濁して笑った。
「試合はやってみなきゃわからないぞ。」
 絞り出すように低く言った円堂に、アフロディは世の中には逆らえない事実というものがある、と言い、鬼道がよく知っている、と彼を煽った。堪らず前に出る鬼道を、豪炎寺が制する。
「神と人間の間の溝は練習では埋められるものじゃないよ。無駄なことさ。」
 悪びれる様子もなく、アフロディは言い切った。すると静かに彼の言葉を聞いていた円堂が、堪えきれずに声を荒げる。
「練習が無駄だなんて、誰にも言わせない!練習はおにぎりだ。俺たちの血となり肉となるんだ!」
 円堂の言葉に虚を突かれたような顔をしたアフロディが、一拍置いて笑い声を上げる。その様子を円堂は顰めっ面で見ていた。
「しょうがないな。じゃあ…それが無駄な事だと証明してあげるよ。」
 そう言うとアフロディは、手にしていたサッカーボールを高く蹴り上げる。その動作は軽々しいものだったが、ボールの高度は相当なものだった。雷門サッカー部一同が呆気に取られてボールを目で追う。
 次の瞬間、円堂の目の前に居たはずのアフロディが宙を飛ぶボールの前にいた。彼は円堂へ向けてまたも軽い素振りでボールを蹴る。しかしそれは恐ろしい程のスピードを持って、ゴール前に立つ円堂へと迫ってきた。
「ぐっ…」
 真正面から捉えたはずの円堂が、勢いに押し負けてゴールネットまで吹き飛ばされる。なんとか弾き飛ばしたボールは高くゴールネットを超えて転がった。
 いち早く駆け寄った鬼道と豪炎寺に助け起こされ、円堂が薄く目を開く。サッカー部の面々が円堂の周りに集まったが、円堂はその人混みをかき分けてのそりと立ち上がった。
「来いよ、もう一発!」
 初めて聞く程の怒気を孕んだ円堂の声に、花音は思わず眉を顰める。
「今の本気じゃないだろ。本気でどんと来いよ!」
 啖呵を切った円堂の瞳は真っ直ぐアフロディを睨んでいた。だが円堂の気持ちとは裏腹に、先程の一撃を受けて彼の身体は限界に近かった。足がガクガクと震え、不意に片膝をつく。
 その姿を目にしたアフロディが、またも愉快そうに笑った。
「面白い。神のボールをカットしたのは君が初めてだよ。決勝が少し楽しみになってきたな。」
 そう言い残し、アフロディは颯爽とグラウンドを去る。
 緊張の糸が切れたように、花音は長い息を吐いて目線を下す。ふと背後から人の気配を感じ振り返ると、響木が腕組みをして立っていた。

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