28話 1/4

 準決勝の日が近づいて、雷門サッカー部の練習はより熱の入ったものになっていた。先日雷門イレブンに加わったばかりの一之瀬は、持ち前の明るさを存分に発揮して良い雰囲気を作っている。気掛かりなのは、木戸川清修との対戦に上の空気味な豪炎寺と、決勝まで勝ち進んだという世宇子中の事だけだ。
 いつもの部活を終え、一度帰宅した花音は、1人雷雷軒を訪れていた。まだ暖簾の出ていない店の引き戸を開け、中に入る。そこには響木と、鬼瓦が居た。
「あれ、刑事さん…?」
 花音が首を傾げる。今日は、響木から呼び出されていたはずだ。不思議そうな花音に、響木が「悪いな、鬼瓦の親父さんが柑月に聞きたい事があるそうだ。」と断りを入れる。何を聞かれるのか見当がつかず、花音は困惑の表情で頷いた。
「それで…聞きたいことってなんですか?」
 改まって花音が鬼瓦を見る。座れということだろう、響木はカウンターに水の入ったグラスを出し、自分は空いている客席に座った。花音は促されるまま席に座る。それほど長い話か、と身構え、持っていた荷物も下ろした。
「お兄さんの事だ。」
 兄、という単語に反応して花音に緊張が走る。乾いた喉で「それは…」と呟いた花音に、鬼瓦が「宗雲政くんのことだよ。」と静かに告げた。
「お兄さんは帝国学園の生徒、それもサッカー部のストライカーだったんだね。」
 花音が頷く。鬼瓦は優しい声で続けた。
「1年前…お兄さんが事故に遭う少し前、サッカー部を退部していたそうだけど、その理由は知っているかい?」
 黙って鬼瓦の顔を見つめていた花音は、少し目を逸らし、それから目を伏せて、大きな息を吐いた。
「…詳しくは聞いてないんですけど…お兄ちゃんは、サッカー部の雰囲気が合わなかった、って言っていました。…でも…」
 言いながら目を開け、カウンターのグラスを手に取る。ひんやりと冷たい水は、どこか心を落ち着けてくれた。
「2年間も居て…チームメイトとも仲良かったみたいだし、たぶん、別の理由があったんだと思います。…辞める少し前から、元気がなかったし…。」
 肩を落とし黙り込む花音に、店内も静まり返る。少し間を置いて、鬼瓦がまた口を開いた。
「…君は、お兄さんの事故の目撃者だったな。」
 その問いに、花音は言葉少なく肯定する。静かに聞いていた響木が眉を寄せた。
「…事故のショックで、私もその場で倒れちゃって…あんまり詳しく覚えてはいないんですけど。」
 息を呑む響木とは対照的に、鬼瓦は「そのようだね。」と頷く。「でも、聞いていたより元気そうで良かったよ。」と笑った。
「でもなんで、刑事さんがお兄ちゃんのことを?」
 花音が首を傾げる。鬼瓦は少し考えてから「いやなに、以前影山が言っていた『因縁』ってやつが気になったのさ。」と小さく言った。
 花音がその言葉を反芻する。やや曇った顔で「それって…」と言い掛けたとき、鬼瓦が「ありがとな、お嬢さん。話を聞かせてくれて。」と席を立った。
「刑事さん!」
 店の戸を開けて出て行こうとする鬼瓦の背を花音が立ち上がり引き止める。しかし鬼瓦はまたも花音の言葉を遮った。
「次の試合も、楽しみにしてるぜ。」
 影山という男の仄暗さを知っている花音には、鬼瓦の言わんとする事がなんとなく察知できる。兄の事故になんらかの形で影山が絡んでいる可能性が高いーー少なくとも、鬼瓦はそう睨んでいるのだろう。それでいて花音には大会に集中するように、と言いたいのだ。
「…ありがとうございます。」
 花音はその配慮に感謝を述べ、椅子に力なく腰掛けた。鬼瓦が引き戸を閉め、再び店内に沈黙が訪れる。
 いつの間にか西日がさす雷雷軒に、響木が静かに暖簾を掛けた。
「あれ?監督、今からですか?」
 店の外から円堂の声がする。花音がそちらに向くと、響木と向かい合うように円堂、豪炎寺、鬼道、風丸、宍戸が立っていた。
「花音?」
 浮かない顔の花音に、円堂が首を傾げる。花音は少しだけ息を吐いて、いつも通り笑顔を浮かべた。
「みんなお揃いで、どうしたの?」
 円堂達が入店した雷雷軒は、いつもの活気が戻ってきたようだった。

 円堂達は木戸川清修のスリートップ・武方三兄弟と会い、勝負をしたのだという。3人の連携技・トライアングルZに押し負け、円堂がゴールを許したと語った。
 ラーメンを啜る風丸の横で、花音も餃子を摘む。
「試合では絶対に止めてみせる。」
 明るい表情で言い切る円堂に、風丸と鬼道が詰め寄った。根拠を問われた円堂は、「死に物狂いで練習する。」と口角を上げる。
「円堂の言うことも間違っているわけじゃないぞ。」
 カウンターの向こうで作業をしていた響木が、手を止めて言った。
「練習で得たものしか試合には出てこない。」
 響木の言葉に鬼道も同意し、円堂は更に気を引き締め拳を振り上げた。
 意気込むチームメイトを他所に、花音は1人、力なく餃子を噛み締める。

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