02話 1/2

 花音が引き取られた柑月の家は立派な財閥一族の宗家であり、おおよそ一般家庭で生まれ育った花音からは想像もできないような富を運用している。未だに庶民感覚の抜けない花音はその差を目の当たりにする度震えそうになるが、任介や周りの優しさでどうにか暮らしてきた。
 特に、同い年のいとこである各務涼は何かと花音を気遣い、一緒に暮らしながら身の回りの簡単な世話をしてくれている。どうやら各務の家は柑月財閥の分家にあたり、そこには主従関係のようなものがあるらしい。
「お嬢、ただいま帰りました。」
 学校から帰ってきた涼は、高価そうな制服の上着のホックを外しながらうやうやしく花音に声を掛けた。「今朝も言いましたが、19時半には家を出ましょう。」と自身も外出の準備をしながら言う。
 今日は柑月家が仕事で関係の深い財閥による社交パーティが予定されている。当主である父は日本を離れているため、代理として任介や花音が出席するのだ。養子として引き取られてから、こういった集まりには数度出席してきた。
 社交パーティは、その名の通り基本的には親交を深めることが目的だ。もちろん出席者の中にはそこでうまくパイプを繋いで事業を動かす人もあるようだが、そう多くはないらしい。パーティドレスで着飾って、美味しい料理を食べながらご挨拶をする。特に、養子として迎えられた花音の仕事は概ねそれだけだ。
 花音が涼の用意した衣装に着替え終わる頃には、涼は黒いスーツに身を包んで手荷物の準備を終えていた。任介と似た切長の目、黒くてサラサラな髪、短い襟足から伸びる陶器のような白い首筋。花音をそつなくエスコートする姿は、まさにナイトのようだ。少し低めの囁くような声で「今日のドレスもよくお似合いです」と声を掛けられ、流石の花音も照れてしまう。
「涼もスーツ姿がカッコいいよ。」
「光栄です。」
 2人は待機していた高級車に乗り、予定通り出発した。任介は少し先に別の車で出たらしい。こういった集まりの時は、任介だけ別の車で移動することが少なくない。
 柑月家と各務家は宗家と分家の関係であるが、一方で涼は任介を敵視しているらしい。なにかと突っかかったり、一緒に行動したがらない。任介はその反応をむしろ楽しんでいる節があり、それが余計に涼を苛立たせているようだった。任介が花音と親しげにするのも腹立たしいようで、移動時は花音の車に同乗することが多い。
「僕の顔に何か?」
 涼の声にはっとして、花音は自分がいつの間にか涼に見惚れていたことに気がついた。咄嗟に言葉が出ず、少し間を置いて話題を探す。
「今日のパーティの主催の方はどういった関係なんだっけ。」
 今日招待されたパーティは、とある財閥当主の自宅で行われるらしい。平日夜とはいえ、花音も招待されるくらいなのだからそれなりの規模なのだろう。一体どんな豪邸なのかと花音はわくわくしてしまう。
 花音が日々暮らしている「別宅」は、せいぜい、引き取られる前に住んでいた家くらいの大きさだ。花音と任介、涼の3人暮らしで、通いのお手伝いさんが週に数度来てくれる。豪華な本宅は気後れしてしまい、花音にはうまく馴染めなかった。
「柑月とは縁の深い財閥です。ウチのオフィスをいくつか建ててもらったりもしてますね。くれぐれも、失礼の無いように。」
「ああ、前に聞いたかも。将来が有望視されてる御曹司が居るところ、だったっけ?」
「まあ……。」
 突然涼の歯切れが悪くなる。花音がこっそり顔色を窺えば、少し不安そうな表情をしていた。訳を尋ねようとした時、運転手が車を停め、後部座席のドアを開く。
「着きましたね。」
 豪勢にも、車の前までレッドカーペットが伸びていた。それに躊躇なく足を下ろせる涼に、花音は自分との感覚の違いを感じてしまう。
「行きましょうか。」
 涼が左手を差し出す。花音はそれに右手を重ね、頷いた。

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