25話 1/3

 先日、鬼道に言われた「任介とどこで出会ったのか」という問いに花音の思考は囚われたままだった。任介本人に確認すれば済む話かもしれないが、顔を合わせると何故か尻込みしてしまい上手く言葉に出来ない。それに、サッカーをするようになってから時折感じる動悸や頭痛、あの少年の声など、花音自身何か大変な勘違いをしている気がして怖くなってしまっていた。ほんの些細なきっかけで魔法が全て解けるような、ある種不安定な感覚が続いている。サッカー部の練習中でも、意識が散漫としておかしなミスばかり繰り返していた。
「花音ー!ボールいったぞー!」
 はっと花音が意識を戻すと、高く上がったボールがつい目の前に迫っていた。咄嗟に胸でトラップし、足元に下ろしてドリブルで上がる。ブロックに入った少林寺をいなして、花音は円堂と目を合わせた。
「行くよ!」
 ゴールから少し距離があるが、円堂は両手を開いて待ち構えている。シュート技・ウンディーネをいつもの通り蹴り出した花音だが、バランスを崩して転んでしまった。ボールもゴールから大きく逸れて飛んでいく。
 駆け寄った風丸に助け起こされた花音だが、膝を擦り剥いてしまったらしい。砂埃を被った傷口から、少しだけ鮮血がのぞいていた。
「どうした、花音?調子でも悪いのか?」
 心配そうな風丸に花音は「ちょっとぼーっとしちゃった」と笑い、練習を続行しようと声を掛ける。しかし見るからに注意力の落ちている花音に、風丸は「せめて傷口を消毒して来いよ」と言い聞かせた。
「このくらい平気だよ。」
「いいから」
 半ば押し切られる形でタッチラインの外へ追いやられ、花音は仕方なく傷の応急手当をすることにする。音無から消毒液等を受け取って、近場の水道へと向かった。
 今日は音無が1人でマネージャー業務をこなしているため、手を煩わせないよう手当は自分で行うしかない。珍しく木野が練習に遅れると連絡があったらしく、音無は朝から張り切っていた。
 なんでも、土門と用事があるらしい。
 汚れを流した傷口に、消毒液で湿らせた脱脂綿を当てる。じゅわっとした痛みが走り、少しだけ呆けていた頭がはっきりとした。ついでに水道水で顔も洗って、両頬を叩く。深い息を吐いて、自分に気合を入れた。
「よし。」
 花音が早足にグラウンドへと戻ると、何やら辺りが騒がしい。よく見ると私服の少年が練習に混ざり、遂に円堂の前まで躍り出たところだった。
 少年がゴールに向かってシュート技・スピニングシュートを放つ。円堂もすかさずゴッドハンドで受け止めたが、その表情から余裕はなさそうだ。
 花音は手に持っていた消毒液を音無に返しながら、「あの人、知ってる?」と円堂と談笑を交わす少年を見る。音無は首を横に振って「誰なんでしょう?」と同じく様子を窺った。
 あれ程のシュートを打つ選手ならきっとフットボールフロンティアでも活躍を残しているだろうに、音無も知らないというのは少し不可解だ。皆に囲まれる少年を眺め、花音はうーんと小さく唸り声をあげた。
 丁度、木野と土門がグラウンドへやって来た。まだ制服姿の2人が人集りへ近づく。と、囲まれていた少年がいきなり木野に抱きついた。
「きゃっ!」
 音無が可愛らしい悲鳴を零す。花音はあんぐり口を開けて、事態を見つめていた。雷門イレブンからは「ええーっ!」と悲鳴にも似た声があがる。
 突然の非礼に土門が声を荒げるが、少年の顔を見てその勢いが止んだ。
「久しぶりだね。」
 漸く木野から離れた少年が、木野の瞳を見つめて言った。固まったままの木野に向かって、少年は決めポーズをしながら続ける。
「俺だよ。」
 ウインクを飛ばした少年は、どうやら木野と土門の旧友らしかった。木野と土門が軽く少年の紹介をして、今日練習を遅れたのは彼が乗るはずだった飛行機を迎えに空港まで行っていたからだと打ち明ける。改めて花音と音無も傍に近寄り、まじまじと少年を見た。
 ぱっちりした瞳の、爽やかそうな少年だった。花音が「運命の再会ってやつ…?」と小さく呟くと、聞こえていたらしい木野が恥ずかしそうに「花音ちゃん!」と嗜める。
「花音?」
 少年の目が花音を捉え、目を合わせた。黙って花音を見る少年に、サッカー部一同の視線も2人へと注がれる。
「もしかして、あの花音!?」
 嬉しそうな笑顔を見せる少年に、花音は首を傾げた。「え…と、どちら様?」と問うと、少年は「忘れちゃったの?」と苦笑いを浮かべる。
「一之瀬一哉だよ。ジュニアで何回か練習試合したじゃない。ほら、アメリカで。」
 少年・一之瀬の説明に花音は漸く薄らと思い出す。確か、ジュニアリーグで最強のフィールドの魔術師と呼ばれた少年だ。
「花音もここの学校だったんだね!」
 目を輝かす一之瀬に、「かずくん?」と嘗ての呼び名で呼びかける。一之瀬はいっそう嬉しそうに、「思い出してくれた?」と笑った。
「懐かしいなあ、あの時はずっと政に勝てなくってさ。あれから俺もだいぶ技を磨いたし、また勝負したいよ!ねえ、政も元気にしてる?」
 満面の笑みを浮かべる一之瀬の言葉を聞き、花音の頭に鈍器で殴られたような痛みが走る。吸った息を吐き出せなくなり、溺れるような呼吸の中で、花音はどうにか「つ、かさ?」とだけ呟いた。
「政って…!」
 急に鬼道が震えた声をあげた。心配そうな音無が、「どうしたの、お兄ちゃん?」と呼び掛ける。その声に答えず、鬼道は動揺を隠しきれない様子で花音を見た。
「花音…、もしかしてお前の昔の苗字は、宗雲なのか?」
 鬼道の問いかけに花音はぼんやりと「有人には言ってなかったっけ」と心の中で呟く。
 宗雲、サッカー、任介、帝国学園…。迸る電撃のように、花音の中で全てが繋がった。
「お兄、ちゃん…!」
 花音はどんどん苦しくなる胸元を押さえながら声を振り絞る。
 そうして全て、思い出した。

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