23話 1/2

「帝国が…負けた…?」
 音無の発言に、花音は思わず彼女の言葉を復唱する。
「嘘だろ、音無…。」
「ガセじゃねぇのか!」
 円堂と染岡の声が静かになったイナビカリ修練場に響いた。その場に居合わせた全員が耳を疑っているらしい。音無の周りに、取り囲むように人が集まる。皆その表情には緊張が走っていた。
「見た事もない技が次々決まって…帝国は手も足も出なかったそうです…。」
 帝国学園の対戦相手は、開会式にも参加していなかった世宇子中という学校だ。
「そんなわけない!帝国だぞ!」
 円堂が堪えきれず声をあげた。「あいつらの強さは戦った俺達が1番よく知ってる」という彼の言葉に、皆が俯きがちに遠い目をする。10-0という圧倒的な点差で帝国学園が負けるだなんて、地区予選で戦ったのも記憶に新しい雷門イレブンには信じ難い話だった。
 円堂の話を黙って聞いていた音無は、哀しげな表情で目線を下にずらし「お兄ちゃん、出なかったんです。」と零す。どうやら鬼道は、雷門中との対戦の中で足を怪我したために控えに回っていたらしい。怪我を押して鬼道が出場しようとした時には、もう既にチームメイトが皆立ち上がれない状態だったという。
「あの鬼道が…そんなこと絶対ありえねえ!」
 肩を戦慄かせて叫ぶ円堂に、壁山が「落ち着いてほしいっス」と声を掛ける。しかし円堂はその言葉を聞かず、「鬼道達が完敗なんてありえねえ!」と飛び出していってしまった。
 花音は半ば呆然としながら、胸にぎゅっと握った拳を置く。鬼道のことはもちろん、それよりも彼女にとっては涼のことで頭がいっぱいだった。
 先日の帝国学園の試合の日から、涼は夜遅くに帰って朝早くに出ていった。単に全国大会出場の忙しさからそうした生活になっているのだと理解していたが、話を聞くにどうやらそうではないようだ。大会に出場しない涼は、もちろん今回もベンチで眺めていたのだろう。ならばどんな気持ちで、世宇子中との試合を見つめていたのだろう。何を思って家を長く空けているのだろう。
 花音は次第に息が浅くなるのを感じた。円堂のように飛び出したい気持ちもあったが、どこに向かったらいいのか頭が真っ白で何も考えられない。
 冷え切った空気がイナビカリ修練場を包んでいた。

 その日の晩も、涼は遅くに帰宅した。花音は帝国学園の学ランを着た涼を真正面から見て、その疲れ切った顔に気づけなかった自身が情けなくなった。
「おかえり。」
 花音の言葉に涼は恭しく頭を下げる。しかしそのぎこちなさから、花音が帝国学園の試合結果を聞いたことは察したようだった。
 花音がなんて声をかけたらいいか戸惑っていると、涼が先に口火を切る。
「…情けないです。僕が不甲斐ないばかりに。」
 その言葉は自分が心底腹立たしいという調子で、花音は思わず「そんなことない」と反論した。涼はその様子に苦笑して、「ありがとうございます」と静かに言う。
「もう、遅いので。…先にお休みください。」
 有無を言わせない涼の目に、花音は渋々頷いた。

 雷門中の次の対戦相手は、全国大会まで無失点で上り詰めたという千羽山中に決まった。情報によれば、無限の壁と呼ばれる鉄壁のディフェンスで相手のシュートを許さないをらしい。
「わかった!その無限の壁とかいう鉄壁のディフェンスを破ればいいんだな!」
 円堂が「ダイヤモンドの攻めをすればいい」と言い出し、雷門イレブンは更なる特訓に励むことになる。確かに、個人の技術や身体能力は以前にも増して上がってきた。しかしここ最近はうまくパスが繋がらなかったり、連携技が決まらなかったりと、ちぐはぐなプレーが目立つようにもなった。違和感を覚える雷門イレブンに、一抹の不安がよぎる。
 休憩を挟んで練習を再開した花音は、傍で選手の様子を記録していた音無の息を呑む音に振り返った。音無は1人、グラウンドを離れ校門へと走っていく。その背にただならぬものを感じて、花音も練習を抜け出した。

「お兄ちゃん!何よコソコソして。もうそんなことしなくたっていいじゃない!」
 音無が電柱の陰に隠れた鬼道に呼びかけた。鬼道は隠れるのをやめたが、俯いて音無と目線を合わせようとしない。
「今の俺には、あいつらが眩しすぎるんだ…。」
 弱々しく呟いた鬼道に、音無もつられて悲しげな顔をする。
「確かに。円堂って太陽みたいだよね。」
 音無の背後から、花音が言った。突然の第三者に鬼道と音無が同時に花音に向く。2人の視線を受け、花音はへらりと笑った。「…ごめん、ついて来ちゃった。」
 わざとらしく戯けてみせる花音に、鬼道は深い息をつく。


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