01話 2/3

 河川敷にあるサッカーコートの半面に子供達が散っている。対して花音はもう半分側のセンターマークに立ち、サッカーボールに片足を乗せている。
 彼女の姿は、先ほど着ていた雷門中の制服から動きやすいジャージへと変わっている。帽子を目深に被り、長い髪は邪魔にならないよう軽く束ねた。着ているジャージは学校指定のものではない。万が一雷門中の生徒に見つかった場合、他校生だと誤魔化すためだ。
「準備は良い?」
 子供達が頷くのを見て、花音はボールを蹴り出した。
 確かに、以前より子供達の動きが良くなっている。幼い子特有のオーバーな動きが減り、繊細な足の運びが見られる部分が増えた。それでも年の差からさすがに花音の技術に及ぶ者は居ない。本気を出すのも忍びなく、花音は軽めに抜いてゴールへと進んだ。
 ゴール付近まで走り込み、キーパーを前へと誘き出す。左側ギリギリを狙ってのシュート、と見せかけて右上のコーナーを狙ったシュートを放った。反応しきれずに左へ飛んだキーパーと、ゴールに吸い込まれるように飛んでいくサッカーボール。決まった、と花音が思った瞬間、彼女の目の前に不意打ちで少年が飛び込んできた。
「うわっ」
 少年のパンチングでシュートを弾き出された。花音が思わず驚きの声をあげる。
 飛び込んできた少年は花音と同じくらいの年齢だろうか。日に焼けた肌にやや丸顔で、特徴的なオレンジ色のバンダナを頭に巻いている。驚く周囲の様子も意に介さず、少年は花音と目が合うと溢れんばかりの期待を込めて近づいてきた。
「凄いなお前、あのドリブル!!」
 花音の目の前まで来た少年は、流れるように彼女の両手を握って力強く振り回す。花音はキーパーグローブ越しの逞しい掌を感じた。
「俺、円堂守。雷門中サッカー部のキャプテンやってるんだ。お前は?」
 瞳を輝かせる円堂の左胸には、雷門としっかりプリントされている。それに気づいた花音が少し頬を引き攣らせたが、円堂は気づかなかった。
「えっと、私は柑月花音。」
「花音!……この辺の中学か?」
 他意なく尋ねた円堂に「うん、まあ」と花音は言葉を濁す。帽子のつばで顔を隠すように少し俯いた。
 子供達が話していた円堂とは彼のことに違いない、と花音は思った。子供達も、急に飛び込んできた彼に驚いてはいたものの、不審そうな顔はしていない。
 ふとコートの外に目をやるとマネージャーだろうか、雷門中の制服を着た少女が円堂と花音の方を見ていた。幸いなことに、花音は2人に見覚えはなかった。心の中でマンモス校雷門中に感謝を述べる。
 円堂と子供達、それからコート外の少女・木野の話によれば、円堂はここ最近毎日この河川敷で子供達とサッカーの練習をしているらしい。学校のグラウンドは他の部活が占用しているらしく、場所がないのだという。また、他の部員は円堂ほどやる気はなく、一緒に練習をする相手にも困っているようだった。
 そんな状況でも、円堂は前向きだった。サッカーをする表情は楽しげで、子供達の好プレーにはオーバーなくらい喜んだ。素直な声掛けに子供達の表情も満足そうだ。やる気に繋がっているようだった。
「うちらのチームも円堂ちゃんのお陰でまとまってきたよねぇ」
 花音がコート外で靴紐を結んでいた時、マコがベンチそばで給水をしながらそう言った。すると今度はゴール前で「今度こそ俺が決めてやる!」と竜介が息巻く声が聞こえる。しかし力み過ぎたのか、彼のシュートは思いもよらぬ方向へと飛んでいった。そして不運にも、飛んでいった先で柄の悪い男達にボールがぶつかってしまったらしい。ピリッとした空気が河川敷に流れる。
 円堂が「だ、大丈夫ですか!?」と男達へ走り寄った。代表して謝る円堂に男達が蹴りを入れた。急な事態に円堂が両膝を折って地面に手をつく。
 男達はサッカーボールへと唾を飛ばし、「あーらよっと」と言いながら力任せにボールを蹴った。そのボールはまっすぐ、今しがた給水をしていたマコの方へと飛んでいく。
「マコちゃん!」
 花音はとっさに走り出すが、ボールの勢いもあり蹴り返すことは難しいだろうと感じていた。せめてマコだけでも守れればと、呆然と立ち尽くす彼女の手首を掴んで引く。自分の後ろに、庇うように立とうとした。
 その時、土手から舞い降りた1人の少年が飛んできたボールを男達へと蹴り返した。顔面へクリーンヒットしたそのボールは、彼の蹴りの威力がいかに強く、そしていかに正確な狙いかを物語っている。色素の薄い逆毛に浅黒い肌、少し冷たい印象を受ける切長の目。どことなく近寄り難い雰囲気を醸す少年だが、花音はその横顔に見覚えを感じた。
 ひと睨みで男達を追い払った少年は、マコの感謝の言葉に振り返り、少し微笑んだ。そのまま立ち去ろうとする彼に円堂が近づいて声を掛けたが、返事をすることなく背を向けて去っていってしまう。目に見えて残念そうな円堂に、花音は少しだけ可哀想に思えて「サッカーやろう、円堂くん」とできるだけ楽しげに彼を誘った。

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