14話 2/2

 雷門が顧問の冬海に、バスの試運転を頼みに来た。冬海と雷門は、冬海が運転席に座ってからも何やら言い合いを続けている。
 サッカー部一同も、いつもとは違う雷門の様子に練習を中断して2人の様子を窺っていた。
「さあバスを出して!」
 エンジンをかけることすら渋っていた冬海が漸くハンドルを握る。あとはアクセルを踏んで、ほんの少し進めば雷門の気も収まるだろう。
「どうしたんです、冬海先生。」
 冷たい雷門の声が引き金となり、妙な汗でいっぱいの冬海がハンドルに突っ伏した。
「出来ませんっ!!」
 冬海が叫ぶ。その様子をサッカー部は固唾を飲んで見守っていた。
 雷門がやけに冷徹に、「どうして。」と問う。容赦のない言葉に冬海が声を絞り出し、「どうしてもですっ!」とまた叫んだ。
 雷門が片手に白い封筒を取り出した。
「ここに手紙があります。これから起きようとしてたであろう、怖ろしい犯罪を告発する内容です。」
 雷門は、サッカー部面々にもよく聞こえるように語り始める。
 群集の後方に立っていた花音は、ドラマのような成り行きに不安を覚えた。左隣に立つ涼に視線を送るが、涼は前を向いたままこちらを見ようとはしない。
「冬海先生、バスを動かさないのはあなた自身がバスに細工したからではありませんか?」
 雷門の言葉に、花音は再度前を向いた。冬海がハンドルの上から身を起こし、雷門の顔色を窺う。雷門は追い討ちをかけるように、「この手紙にあるように。」と冬海を睨んだ。
 緊迫した雰囲気が辺りに立ち込める。先に根負けしたのは、冬海だった。再度ハンドルに伏せる冬海に、群集がどよめく。
 問い詰める雷門に遂に壊れたように笑いだし、冬海はバスを降りた。バスの細工は自分がやったと認め、何の為に、と声を荒げる円堂の前に立つ。
「あなた方をフットボールフロンティアの決勝戦に参加させないために。」
「何だって!?」
 花音は思わず涼の手を取った。突然触れた花音に驚いた様子で涼がこちらを見る。しかし涼は、花音の不安を打ち消すためか少し微笑んだだけですぐに前を向いてしまった。
「帝国の学園長か。」
 そう言った豪炎寺の言葉に、冬海が肩を跳ね上がらせた。豪炎寺は続けざまに声を荒げる。
「帝国の為なら、生徒がどうなっても良いと思っているのか!」
「君達は知らないんだ。あの方がどんなに怖ろしいかを!」
「あぁ、知りたくもない!」
 前方で繰り広げられる激しい言い争いに、場の雰囲気は痛いほど張りつめる。花音はいつの間にか自分の手が震えていることに気づいた。
 雷門に追い出され、冬海は去り際に振り返る。
「しかし、この雷門中に入り込んだ帝国のスパイが私だけと思わない事だ。」
 予期せぬ言葉に雷門が身を乗り出す。冬海は一言、意味ありげに土門に問いかけて去っていった。
 残された土門に、周囲から不信の眼差しが集まる。じわじわと上がる非難の声から庇うように、円堂が土門の前に立って一同に向いた。
「バカな事言うな!今まで一緒にサッカーやってきたじゃないか!その仲間を、信じられないのか!」
 キャプテンの一喝に、周囲が押し黙る。円堂は土門を振り返り、「俺は土門を信じる。」と笑いかけた。
 円堂の顔を見て、土門は少し言葉を詰まらせる。それからそっと目を伏せ、小さな声で円堂の言葉を否定した。
「わりいっ」
 叫んだ土門は走り去った。静まり返る雷門中サッカー部に、雷門が告発の手紙を見せる。白い便箋に書かれた筆跡は、紛れもなく土門のものだった。
 それから雷門は花音の方に向く。しっかりこちらを見据える彼女に、花音は背筋が凍った。
 繋いでいた手が、涼によって解かれる。もう一度涼に触れようとした花音の手が空を切った。
「各務さん…失礼だけど、調べさせてもらったわ。…各務涼さん。」
「各務涼!?」
 突然大声をあげたのは音無だった。フルネームは雷門にしか伝えてなかったな、と花音はぼんやりと思う。
「誰なんだ?」
 円堂が促すように雷門を見た。雷門は眉を顰め、「帝国学園サッカー部の選手よ」と言い放つ。
「フットボールフロンティアには参加しないようですが…実力はトップクラスのストライカーだって噂です…。」
 音無が補足するように言った。涼は2人の言葉に何も答えず、黙って前を見ている。
「涼も帝国のスパイだったのか…?」
「違うよ!涼はただ、体調不良の私のために来てただけで!」
 誰かの言葉に、花音は思わず叫んだ。それでも訝しげな雰囲気を切り裂くように、涼が重い口を開く。
「そうだよ。お嬢の付き添いを利用して君達の偵察をしてた。…土門がちゃんと働くように監視も兼ねてね。」
 饒舌に語り出した涼の言葉に、花音は思わずその名を呼ぶ。しかしその声が届いていないのか、涼は語るのをやめない。
「養子のお嬢様のお守りなんて、おかしな話だろ?…僕にとって君達も『お嬢』も、観察対象でしかなかった。それだけのことだ。」
 冷たく笑う涼の目の前で、掴み掛かりそうになった染岡が数人に押さえられていた。涼はそれを冷ややかに見て、雷門中サッカー部に背を向ける。
「逃げんのか!」
 押さえられながらも声を荒げる染岡に、首だけで振り向いた涼の視線が鋭く射抜く。いつもと変わらぬ表情で、涼は小さく言った。
「君達、偵察の価値もないよ。…せいぜい足掻いたら?」
 歩き去る背に尚も染岡が怒鳴るが、涼はもう振り返らなかった。
 呆然と立ち尽くす花音の肩に、豪炎寺が手を置く。花音は小さくなっていく背中をいつまでも見つめていた。

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