13話 3/3

 試合終了後、決勝点を決めた花音はチームメイト達に囲まれ、満足そうな笑顔を浮かべていた。豪炎寺不在の中、無事準決勝を勝ち進めたのは、「弱小サッカー部」だった雷門中から考えれば快挙だ。ましてや男子選手よりパワー面では劣ることの多い女子選手を起用しての勝利とあって、観客からは驚きの声も多かった。
 花音は帰りの車を待つため、近くの公園で暇を持て余していた。今回の試合に涼は来ていない。学校の方が忙しいらしく、今日は任介が試合を観戦していた。
 他の雷門中サッカー部はバスで帰ったが、花音はこの後病院に行くために送迎車で帰宅予定だ。試合に出ることを了承した涼が、条件として出してきた「念のための検査」に行かなくてはならない。任介が送迎車を呼ぶため席を外した今、1人でベンチに座っている。
 突然、背後から花音を呼ぶ声がした。任介とは異なる声に、花音も振り返ってその声の主を確認する。松葉杖をついた豪炎寺が、一歩一歩近づいてくる姿が見えた。
「豪炎寺!」
 立ち上がる頃にはベンチの横まで来ていた豪炎寺は、「隣、いいか?」と花音が座っていたベンチを指す。花音が頷きつつ座りやすいように距離を取ると、豪炎寺は右足を庇うようにして座った。
「帰らないのか?」
 ベンチに座るなり、彼はそう言った。花音は任介が送迎車を呼びに行っていることを伝え、豪炎寺の隣に腰掛けた。
「豪炎寺こそ、帰らないの?」
「タクシーが捕まらなくてな。」
 そう言いながら豪炎寺は公園の前を通る車道へと目を向けた。それなりに車通りの多い道だが、試合後なのもあって空車のタクシーが見当たらないらしい。
「乗せて帰ろうか?」
 花音が思わず提案した。今日は涼不在のため、同乗予定は花音含め3人。豪炎寺1人乗せる分には全く問題がなかった。
「助かる。」
 申し訳なさそうな表情を見せる豪炎寺が、自宅ではなく一度病院に行きたい旨を話す。それならむしろ好都合、と花音も検査を受けに行くことを伝えた。
「また調子悪いのか?」
 豪炎寺が心配そうに聞く。花音は努めて明るく、「念のための検査だよ」と答えた。
 と、タイミングを見計らったかのように送迎車が公園の前に停まった。
「任にい!」
 花音は後部座席に座る任介に駆け寄り、事情を話す。任介は一度車から降り、後部座席に花音と豪炎寺が乗ったのを確認してから助手席に乗り直した。
「稲妻総合病院へ。」
 任介の言葉に運転手が丁寧な操作で走り出す。
 花音は突然の密室に、つい先程までコートを走り回っていたことを思い出して、自分の汗の匂いを気にしていた。
「…次は、決勝か。」
 静かな車内で、任介が囁くように呟く。花音はふと現実に戻され、次の対戦相手のことを考え始めた。
 地区予選決勝は、帝国学園との試合になるだろう。ここに不在の涼のことを思い、花音は少し心苦しく思った。
 涼は帝国学園サッカー部に所属しているストライカーだ。公式試合などの表舞台へ出ることはないが、その鮮やかな身のこなしと整った容姿で密かな人気を博しているらしい。
「そう言えば、柑月。」
 不意に豪炎寺が声を発する。その場に柑月が2人居ることを思い出した彼は少しやりずらそうに、花音の方を見ながら続けた。
「今日のシュート…あれはどこで覚えたんだ?」
 花音は試合中に放ったシュートを思い出し、過去の記憶を辿る。
「どこ…って言われても、ずっと昔に覚えたから忘れちゃったな。」
 言いながら、確かに豪炎寺の前であのシュートを成功させたのは今日が初めてだったな、と花音は納得した。以前彼とミニゲームした時は、上手くいかずにあらぬ方向に飛んでいってしまったのを覚えている。
 花音の返答を受け、豪炎寺は何か考え込む素振りを見せた。少ししてから、また口を開く。
「あの技、以前どこかで見た気がしたんだが…気のせいか。」
 自分に言い聞かせるように小さく呟いて、豪炎寺はそれきり窓の外に目を向けた。
 花音も豪炎寺とは反対側、窓の外の景色を眺めながら、不意に走った頭痛を堪えようと顔を歪めた。

 豪炎寺が診察を終え病院を出ようとした時、任介に声を掛けられ立ち止まった。花音の診察を待っているらしい任介は、ただ見かけただけにしては妙に真剣な顔で豪炎寺の前まで歩み寄る。
「少し、時間あるか?」
 要件に思い当たる節がない豪炎寺は少し身構えつつも、二度も送ってもらったことを考慮して控えめに頷いた。それを確認した任介は少し時間を気にする素振りを見せて、「見せたいものがある」と病院内へ歩き出す。
 任介の後を追って豪炎寺が辿り着いたのは、入院病棟の一室だった。妹・夕香の病室と同じくベッドが一台用意されていて、そこに誰かが眠っている。任介の陰になって顔は確認はできないが、体格から見て大人ではない。自分と同じかやや歳上くらいだろう、と豪炎寺は思った。
 ベッドの脇、枕側の壁に取り付けられた患者名を確認し、豪炎寺は思わず目を見開いた。見覚えのある文字列に、豪炎寺が思わずその名を読み上げる。任介はそれを意に介さず、豪炎寺を振り返りつつ場所を移した。
 豪炎寺の目に映ったのは、妹のように深い眠りについた少年の姿だった。

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