09話 2/2

 病院で失神した花音は、数分後に病室で目を覚ました。倒れる瞬間、咄嗟に豪炎寺が肩を貸したために外傷はなく、騒ぎに気付いた任介がすぐに戻ってきて看護師を呼んだ。
 幸いにもこの病院ーー稲妻総合病院は花音が事故後に通っている病院なこともあり、いつも診てもらっている先生が対応してくれた。最近は2ヶ月に一度、経過観察のために通院するのみだったが、今回のことを受けてその頻度は増しそうだ。
「でも、何事もなくて良かった。」
 任介が心底ほっとした様子でそう言った。近くにあった空き病室のベッドで横になっていた花音は、ベッド脇に立つ任介と豪炎寺に礼を言う。
「ごめん、任にい。お見舞い後回しになっちゃったね…。」
 気まずそうな花音に任介はバツの悪そうな笑顔で「また改めて来るさ。それより花音が心配だ。」と言い切る。
「迎えの車を呼ぼう。豪炎寺も送ってくよ。」
 そう言い残して、任介は一度病室から出ていった。
 改まって豪炎寺へと向き直った花音は、「迷惑かけてごめん」と頭を下げる。豪炎寺は「気にするな」と淡々と答えた。少し間を置いて、豪炎寺が口を開く。
「やっぱり、体調悪かったのか?」
 やっぱり、とは、先日「顔色が悪い」と言われたことを指しているのだろう。原因はハッキリしないが、考えてみれば似た類の頭痛かもしれない。花音は少し悩んで、「…そうだったのかも。」と弱々しい笑顔を浮かべた。
「前に、私が円堂くんから逃げてたの覚えてる?」
 花音が自分の手元に目線を落として聞く。豪炎寺は短く肯定した。
「サッカー禁止だったの、私。義理のお父様と…いとこに止められてて。…任にいに頼んで内緒で少しやってたけどね。」
 豪炎寺と出会ったのは内緒でサッカーをしてた時なんだ、と花音が悪戯っぽく笑った。豪炎寺はそれを黙って聞いている。
「…この前話した両親の事故は、去年のFFの試合を観戦しに行った帰りだったんだ。…私と任にいの目の前でさ。」
 花音は膝の上の両手を組むようにして握った。いつの間にか季節外れに冷え切った指先が痛い。
「しばらくボーッとしちゃったりして、記憶も曖昧で…運動するのが危ないってことも理由だろうけど、それより事故の記憶がフラッシュバックしないようにサッカーから遠ざけられてたのかも。」
 なーんて、と湿った空気に耐え切れなくなった花音が誤魔化すように笑って豪炎寺を見る。豪炎寺の真剣な表情を直視できず、花音の目が泳いだ。豪炎寺が深く息をついて、その音に花音の肩がびくりと跳ねる。呆れられただろうか、と恐る恐る豪炎寺の方を盗み見た。
 豪炎寺の目は変わらず花音を見ていた。迫力ある豪炎寺の視線と花音の視線が交わり、またも花音が気圧される。思わず口から「ごめん、忘れて。」と弱々しい声が漏れた。
 何故こんな話をしたのか、と花音は後悔していた。一度木野に話したことで話す事に対する抵抗が減っているのかもしれない。
「あんまり無理するな。」
 口を開いた豪炎寺の声色は、花音が思っていたよりも優しかった。虚をつかれて言葉を失う花音に、豪炎寺は言葉を続ける。
「辛い記憶を思い出してサッカーするのが嫌なら、それでもいい。ただ、キツくてもサッカーしたいのなら…俺も、あのお節介なキャプテンも付いてるぜ。」
 得意顔の豪炎寺に花音が面食らう。その頼もしさに、花音はくしゃりと笑った。

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