09話 1/2

 イナズマ落としの実践に入ったところで、壁山の高所恐怖症が判明した。高さに臆した壁山がバランスを崩し、豪炎寺が高く跳び上がれない。壁山と円堂の、高さに慣れる特訓が始まった。
 壁山の高所恐怖症は相当なもので、プールの初心者用飛び込み台も、小さな子供が遊ぶ滑り台も、ジャングルジムの2段目ですら怖がった。終いにはアルミ缶を積んで少しずつ高さを稼いでいく事になった。
「80p、クリアだね。」
 目金がものさしのメモリを読み上げ、眼鏡を光らせる。
 なかなか上手くいかない特訓に、雷門イレブンは少し焦りを感じ始めていた。

「もう少し高く!」
 花音は思わず声を張り上げ、思ったより大きい自身の声に戸惑っていると、豪炎寺はさも当たり前のように返事をした。
 太い木の棒をロープで吊しただけの簡易な足場に跳び乗り、着地を図る。壁山の特訓に合わせて、豪炎寺も不安定な足場に慣れる特訓を始めていた。
 練習に付き添ってはいるものの、手持ち無沙汰な花音は豪炎寺の見覚えの訳を探して昨年の記憶を遡る。フットボールフロンティア観戦の記憶は朧げだ。木戸川静修の試合を観たのかと問われれば、観たような気もしてくる。
 不意に、豪炎寺が「なんだ?」と花音を振り返った。花音はハッとして、つい豪炎寺の名を口走ってしまっていたことに気づく。意味もなく呼び掛けてしまった事に慌てて、花音は話題を探した。
「今言うことじゃないんだけど…今日、夕香ちゃんのお見舞いに行って良い?」
 花音は言い終わってから、夕香だなんて余計に練習の集中を欠いてしまうだろうか、と思った。しかし花音の予想を裏切り、豪炎寺は力強く「俺も、今日行こうと思ってた。」と答える。そのまま向き直った豪炎寺は、先程より安定感を持ちながらも、やはり危うげに跳び上がる。
 遠くから円堂の声がして、あっという間に賑やかになった。

 練習終わり、花音と豪炎寺は病院へ向かった。
「久しぶり、夕香ちゃん」
 眠ったままの少女に向けて、花音が語りかける。豪炎寺はそれを見ながら、ふと1人で見舞いに来る時よりも気分が楽な事に気がついた。
 目を覚さない夕香と2人きりで病室に居ると、罪の意識ばかりに囚われてしまっていた。同じ空間に花音が居ることで、豪炎寺はいつもより落ち着いていられるらしい。

 夕香に別れを告げて、花音と豪炎寺は病室から出た。見晴らしの良い階段の窓から、花音は稲妻町を包む夜空を見上げる。
 前を行く豪炎寺が階段を降り始め、花音も後に続いた。踊場でぐるりと方向転換をすると、向かいからやってきた人影に反射的に道を開ける。無意識にその顔を見て、花音は思わず足を止めた。
「任にい?」
 花音が呼び掛けるより先に、任介は同じく足を止め、驚いた表情で花音を見ていた。
「花音…?」
 高校の制服を着たままの任介は、学校指定のバッグだけを持って立っている。任介の横を通り過ぎていた豪炎寺が花音の声に気付き、振り返って遠巻きに様子を見ていた。
「なんでここに…?」
 驚きが収まらない任介が、絞り出すように尋ねた。花音は何故かバツの悪さを感じ、「友達の妹さんのお見舞いに。」と少し豪炎寺に目線を逸らし、それからまた任介を見て「任にいは?」と聞き返す。花音の返答を聞いて、任介の表情が少し和らいだ。
「俺も…知り合いのお見舞いに来たんだ。」
 任介は花音の視線を辿り、そこで漸く豪炎寺の存在に気づいたらしかった。また一瞬驚いた顔をして、「サッカー部だもんな」と眉尻を下げて笑う。
「早く帰れよ。」
 あっさりとそう言うと、任介は階段を登っていった。
 花音は任介の背中を見つめ、いつもなら過保護なぐらいに送迎したがるのにと不思議に思った。
「知り合いのお見舞い、ね…」
 違和感を覚えた花音が小さく呟くと、今まで感じたことのない鋭い痛みが脳天に走る。目の前が急に暗くなり、立っていられないほどの目眩を感じて、気づけば花音は意識を失っていた。

prev canon next
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -