08話 2/4

 雷雷軒のおじさんの話によると、秘伝書は理事長室にあるという。翌日、早速円堂は部員を引き連れて理事長室に潜り込もうと躍起になっていた。
 花音は男子の悪巧みに混ぜてもらったというある種の嬉しさがあったものの、先日雷門に怒られてから間もないのもあって潜入を辞退した。これ以上雷門を怒らせるのは得策ではない。結局、花音は豪炎寺と部室待機となった。
 皆が出て行った部室はいつもより広く感じる。豪炎寺はいつの間にか窓際に椅子を用意して座っていた。手持ち無沙汰な花音はサッカーボールを1つ取り、小さくリフティングを始める。その様子を眺めていた豪炎寺が口を開いた。
「柑月は、サッカーやらないのか?」
 花音は蹴り上げたボールを掴み、豪炎寺へと向く。
「サッカーしてるよ?サッカー部員だし。」
 首を傾げて聞き返した。花音の言葉に豪炎寺は何も言わないが、明らかに納得していない様子だ。花音は話を続けた。
「試合でプレイするとか、練習するとか、別にそれだけがサッカーじゃないでしょう?体調管理をして、練習メニューを考える。これも立派な‘サッカー’だよ。」
 スラスラと口から滑り出たのはどこかで聞いたことのある主張だった。誰の言葉だっただろうか、と花音は思考を巡らせて、『花音の代わりに、俺がフィールドに立つから。』という少年の言葉を思い出す。ずきんと頭に痛みが走った。花音の頬が引き攣る。
「…どうかしたのか?」
 豪炎寺が訝しげに花音を見ていた。意識を現実に戻され、花音は白々しく「ううん、何でもない。」とだけ返した。
 誤魔化すように花音がリフティングを再開する。狭い屋内でぶつからないように小さな動きでボールを扱うが、段々と思い通りにならなくなってきた。トン、と花音が大きく蹴り上げてから、ボールが下りてくる間に豪炎寺がボールを奪い去る。
「あ…」
 花音が豪炎寺へと視線を向けると、豪炎寺は「外で蹴らないか?」と不敵な笑みを見せた。

 豪炎寺がボールと共に走り出す。広いグラウンドには花音と豪炎寺しか居ない。花音が豪炎寺へと近づいた。
 豪炎寺がボディフェイントで花音を抜く。一歩踏み出して豪炎寺の気が緩んだ隙に、花音が横から軽くボールを小突く。タイミング良く蹴られたボールは簡単に花音の足元に収まった。花音が反対側のゴールに向けて走り始めると、豪炎寺もすぐさま追いかけてくる。すぐに横に並び豪炎寺が肩を入れるが、その優しい当たりから女子相手に手を抜いているのは見え見えだった。
「力を抜いてちゃ勝てないよ!」
 豪炎寺がもう一度タックルを狙ったタイミングで、花音はそれに合わせて速度を落とす。花音お得意のロコモティブだ。
 一瞬ペースダウンした豪炎寺を置き去りに、花音は無人のゴールに向けてボールを蹴る。
「ウンディーネ!」
 いつも通りのモーションを始めた花音の頭に、またしても少年の声が響く。
『強くなったら、一緒のフィールドに立てるよ』
 ずきん、と鈍い痛みが頭に広がった。花音のシュートはそれに合わせ、勢いを減らしていく。ギリギリで蹴り出したシュートは、ゴールポストに当たり明後日の方向へと飛んでいった。

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