04話 2/2

 任介に送迎され、涼が着くよりもかなり早く花音は雷門中に到着した。花音がグラウンドに着いたとき、帝国イレブンが19点目となるシュートを決める。
 フィールドに広がる崩れ落ちた雷門イレブンに、涼が見せたくなかったのはこれかと胸が痛んだ。はためく帝国学園校旗に、呼吸が苦しくなる。
 腰を下ろせる場所を探してグラウンドを見回した花音は、木陰に豪炎寺の姿を見つけた。彼は身体を木に預け、肩越しに試合を眺めている。
 てっきり来ないつもりなのかと思っていた花音は声を掛けようと近づいたが、彼の手にあるものを見てやめた。その間にも、帝国イレブン20点目のゴールが決まってしまう。グラウンドにこだました円堂の声に、しかし花音は豪炎寺から目を離せないでいた。
 豪炎寺の手に握られた、誰かが脱ぎ捨てた雷門ユニフォーム。背番号10番のそれは、風に吹かれながら豪炎寺の心を揺らしていた。
「夕香…今回だけ、お兄ちゃんを…許してくれないか…」
 花音の耳に、風に乗った豪炎寺の消え入るような声が届いた。赦しを請うようなその呟きから、彼の十字架なのだろうということは容易に想像できる。踏み出した豪炎寺の大きな背中を見て、花音は気まずさを覚えた。
 花音は、まだ踏み出せないでいる。涼がここまで頑なにサッカーを禁止する理由はわからないが、それを守ることが正しい事なのだと信じていたいからだ。
 眩しいくらい輝く豪炎寺の背中に、花音は俯いた。胸を押さえながら、ゆっくりと息を吸う。
 間違っていない、涼を裏切って傷つけたくない、そう頭の中で繰り返し唱えて、なんとか足を踏ん張る。
「ゴォォォール!ついに…ついに…雷門イレブン、帝国学園から1点をもぎ取りました!」
 解説の声に顔を上げれば、辺りには歓声が湧き起こっていた。ふと我に帰った花音があたりを見渡せば、今まで居た場所とは思えないほどの賑わいを見せている。 
「帝国から…1点…?」
 呟いた花音だったが、豪炎寺がピッチに入ったときの実況を聞いていなかった彼女はその素性を知らないままだった。だが、1点を境に試合を中断し帰り始めた帝国イレブンを見て、帝国学園の狙いが豪炎寺だったことに気づく。わざわざ帝国学園が様子を見に来るほど、豪炎寺修也という男は強力な選手だったということだろう。
「そんなに強かったのに…。」
 花音は豪炎寺を眺め、複雑な表情を見せる。それほどまで強い選手がサッカーを辞めた理由は、きっと彼にとって途方もないくらい重いのだろう。そしてその重さであってしても、円堂という男の想いに動かされてしまった。
 花音は、勝利に湧く雷門イレブンの中心に立つ円堂を眺める。その清々しいほどまっすぐで強い思いをはらんだ瞳に、花音自身サッカーへの気持ちが掻き立てられ、思わず木の陰に身を隠した。

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