29話 2/2

 その日の練習は、染岡と風丸を中心に基礎的な体力作りを行っていた。一之瀬と土門は少し遅れて来るそうで、豪炎寺と鬼道は部室で頭を悩ませる円堂に付き添い共にゴッドハンドを強化しようと奮闘している。
 一通り筋トレのメニューを終えたところで、一同は小休憩を挟んでいた。
「キャプテン達、遅いっスねえ」
 壁山が部室の方を眺めながら未だに練習に参加しない円堂達に思いを馳せる。皆もそれに続いた。
「呼びに行こうよ、俺達で。」
 少林寺が両手を伸ばしながら提案し、その場に居た皆が同調する。花音は一之瀬から伝え聞いた円堂の様子を思い浮かべ、何も知らない皆を見て微妙な表情を浮かべた。
 練習前、決勝に向けて高まる士気に、水を差すまいと円堂が無理をしているのが伝わってきた。筋トレの間に打破できるほどの悩みではなさそうだし、また円堂に無理をさせてしまうだろう。しかし「呼びに行こう!」と楽しげに話す彼らを止める手段は花音には無かった。
 結局皆で部室へと戻り、机を囲む円堂、豪炎寺、鬼道、そして遅れてきた一之瀬と土門と鉢合わせる。「絶対優勝するって誓ったでヤンスよ!」「雷門中はもう誰にも止められないっス」と勢いに乗る1年生達に、やはり円堂はぎこちない笑みを浮かべた。

 部活動を終え、皆の着替えを見計らって花音は1人イナビカリ修練場へと向かった。秘密の特訓、といつもなら心躍る場面なのだろうが、円堂の様子を前にそんな余裕は花音には無かった。筋力を鍛えるトレーニングを主に、花音はがむしゃらに身体を動かした。
 一通り特訓を終え、花音は機械の停止と共にその場に座り込む。両脚が震え、立ち上がることすらままならない。しかしそれはどこか心地よい疲労感だった。
 身体を動かしていた方が、何かと気が紛れる。立ち止まると考え込み、余計に思考が悪い方向に向かってしまう。
『…君のプレーを、この目で見てみたかったよ。』
 地区大会決勝の日、帝国学園で影山に言われた言葉を思い出す。あの時は、検討会の資料から花音に興味を持った故の発言だと思っていた。しかし、鬼瓦の情報を加味すると、その意味合いが違って見えてくる。影山は花音を通して、『因縁』のある兄・政のプレーを期待したのではないか。花音にはそう思えてならなかった。
 静まり返ったイナビカリ修練場に、花音の荒い息遣いだけが響く。下唇を強く噛んで、花音は立ち上がった。
「もう一回。」
 機械を操作し、限界な身体を更に追い込む。特訓に励んでいる間だけ、花音は花音で居られる気がしていた。

 イナビカリ修練場での特訓を終え、花音は1人理事長室へ向かっていた。かなり長いこと打ち込んでしまったようで、気がつけば夜の帳が下りている。廊下は薄暗く、人気のない校舎はどこか不気味に感じた。
 理事長室の扉をノックした時、中から人の話し声が聞こえた。扉越しで不明瞭ではあるが、雷門と、男性の声だ。
「どうぞ。」
 促されて扉を開くと、そこには応接用のソファで向かい合う雷門と鬼瓦が居た。
「刑事さん?」
 訝しげな顔をしたのだろう、雷門が花音の顔を見て「私が聞きたいことがあって呼んだのよ。」と断りを入れる。花音は少し逡巡して、更に顔色を悪くした。
「まさか、理事長の事故も…?」
 花音の発言の意味を先に理解したのは鬼瓦の方だった。「まあ、可能性の話だがね、」と肩を上げる鬼瓦を見て、雷門も勘づいたらしい。
「柑月さんのご家族の事故も、影山が関わっているって事ですか?」
 雷門が鬼瓦に向く。鬼瓦は頷いて、「彼女のお兄さんが元々帝国の選手だったのはご存知ですかね?」と目を伏せた。
「そして、昨年のフットボールフロンティア準決勝を前に、自主的に退部していた事を。」
 鬼瓦の言葉に、今度は雷門が表情を曇らせる。絶句する雷門を見て、花音が口を開いた。
「お呼びしたってことは、理事長の事故に関して何か進展があったんですか?」
 一歩前に踏み出しながら真剣な表情で尋ねる花音に、鬼瓦は情けなく首を振る。尚も納得のいかない顔をした花音に向けて、雷門がため息混じりに「円堂くんのお祖父様のお話を教えてもらっていたの。」と説明をした。
「イナズマイレブンの監督の…?」
 虚を突かれた花音が呟くと、鬼瓦は訥々と語った。
 曰く、影山は当時の雷門サッカー部に所属していた、と。曰く、円堂の祖父の死に、影山の影がチラつく、と。
「だから決勝戦まで、気をつけて過ごしてほしい。…奴は必ず何か仕掛けてくるはずだ。」
 声量を抑えた鬼瓦の言葉は、静まり返った理事長室に嫌に響いた。
 花音は事故当時の兄の表情を思い出し、俯きがちに口を噤む。その拳は震えるほど強く、握られていた。

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