29話 1/2

 木戸川清修との試合の翌日、「円堂が、木野も見たことが無いほど沈んだ顔をしている」という話が花音の耳に届く。一之瀬の話では、円堂は「ゴッドハンドで世宇子のシュート止められるのかな?」と不安を溢していたらしい。準決勝の際にゴッドハンドでシュートを許したこともあり、どうしたらいいのかと不安になってしまったようだ。花音も似た思いを抱えていたため、一之瀬から伝え聞く円堂の悩みが他人事に感じなかった。
 フットボールフロンティア優勝を目指して突き進んできた円堂は、伝説のイナズマイレブン達の不幸な事故や祖父の過去を知り、今まで以上に優勝という言葉の重みが増していることだろう。絶対に負けられないという気持ちが、キーパーとして、そしてキャプテンとしての円堂を追い詰めるのは想像に難くない。
 けれど本音を言うと、花音には少し意外だった。あの、いつも前向きな円堂が、落ち込むほど心掻き乱されるなんて。
「…私の方が、よっぽどどうしたらいいのか…」
 小さく溢した言葉に、話していた一之瀬が「え?」と聞き返す。花音は咄嗟に「なんでもない」と誤魔化して、心配だねと苦笑いを浮かべた。
 皆と力を合わせてゴールを守る円堂に比べ、余程自分の方がチームの役に立てていない気がしていた。円堂が落ち込み、責任を感じているとなると、花音はより一層焦らずにはいられない。
「ごめん、かずくん。私ちょっと理事長室に用があったの思い出しちゃった!」
 花音は目の前の一之瀬にそう告げ、教室を後にする。正確に言うと、理事長室に居るであろう雷門に、頼みたいことがあった。
 理事長室の周囲は生徒の姿も少なく、閑静な様子だ。扉をノックして中へ入ると、そこには机に向かう雷門と窓の外を眺める木野の姿があった。
「あら、花音ちゃん。」
 木野が振り返り、驚いた声を漏らす。花音も驚いた表情で彼女の名を呼んだ。
「秋ちゃん、どうしてここに?」
 そう問い掛けたのは花音だった。木野は雷門に目線をやり、それからまた窓の外を眺める。
「円堂くんの事について、夏未さんに相談に来てたの。…どんな言葉を掛けたらいいのか、わからなくって。」
 木野が胸の前で手を合わせた。祈るような形のそれは、彼女の不安な気持ちを遺憾なく表しているようだった。
「マネージャーを長くやっているのに?」
 雷門が木野の方を向いて尋ねる。雷門が座る机には一台のノートパソコンが開かれいた。理事長が入院している今、理事長代理として雷門は多忙な日々を送っているのだろう。
「…マネージャーがどうこうじゃなくて、いつもの円堂くんとは思えないから…。」
 消え入りそうな声で木野が言う。窓の外に広がる明るい空に反して、木野の背は俯いていた。
「…私なら見守るけどな。」
 雷門の静かな返事に、木野が「見守る…」と小さく繰り返す。雷門は木野に向いていた顔をパソコンの画面に戻し、手を動かしながら続けた。
「特に決勝戦に出るなんて、最初の弱小サッカー部の頃から比べると、あり得ないくらいすごい事。緊張するなっていう方が無理よ。」
 そう言う雷門に、木野も花音も同意する。雷門は「大丈夫、こういう時は余計なことを言わないのもマネージャーの仕事のうち。」と言い聞かせるように言った。
「だから、私からお願い。」
 雷門がパソコンを閉じ、椅子から立ち上がって木野に向く。木野も不思議そうに雷門へ顔を向けた。
「私、これから父のところに行かなければならないの。円堂くんを見守っていて。お願い。」
 ノートパソコンを小脇に抱えた雷門が、木野と、それから花音に向いて微笑む。少し呆気に取られた2人だったが、雷門の優しい表情に決意したように、頷いた。
「それで、柑月さんのご用は何かしら?」
 雷門の問いに花音は一瞬木野に目を向ける。なんとなく知られるのが恥ずかしくて、雷門だけにこっそり頼むつもりだったのだが仕方ないと少しため息を吐いた。
「…イナビカリ修練場の鍵を、少しだけ貸してほしいの。部活終わりに練習がしたくて。」
 花音の申し出に雷門は「あら」と目を瞬かせる。
「殊勝な心がけね。…でも、少しオーバーワークじゃなくって?」
 決勝戦前の厳しい練習に加えて、イナビカリ修練場の激しい特訓は流石に身体に堪えるかもしれない。雷門の言葉に、木野も「そうだよ、花音ちゃん。」と心配そうな顔をした。予想していた2人の反応に、花音も困り顔で目を逸らす。
「…確かに、ちょっと無理しちゃうかもしれない。でも、これしか思いつかなくって。」
 そう言う花音は決意の籠った瞳で2人に言った。
「とりあえず、今日だけ。私もみんなに追いつきたいの。」
 尚も心配げな木野とは対照的に、雷門は口角を上げる。机の引き出しから1束の鍵を取り出し、花音へ差し出した。
「わかったわ。…ただし、今日私が病院から戻ってくるまでよ。また理事長室に返しに来てちょうだい。」
「夏美さん!」
 木野が2人のやりとりを止めようと一歩踏み出す。しかし雷門は、「どうせ止めたって別の無茶をするだけよ。」とため息混じりに言った。
「ありがとう、なっちゃん。…秋ちゃんも。心配してくれてありがとう。」
 花音が2人に笑顔を向ける。大事そうに鍵束を握りしめた。

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