02話 2/2

 パーティも終盤に差し掛かる頃、花音は疲労からくる息苦しさを感じてそっと部屋を抜け出した。後ろ手にドアを閉め、廊下に誰もいないことを確認すると、大きく息を吐く。ふと心地よい風が舞い込んで、廊下の大きな窓が開いていることに気がついた。アーチ状の窓からはバルコニーへと出られるようだ。夜風に誘われるように花音は外へと向かう。下を見渡せば、美しい中庭が広がっていた。
「わあ、綺麗。」
 緊張の糸が切れ、欄干に頬杖をついた。目は中庭へと向けながらも、花音は今日の出来事を思い出していた。
 太陽のような眩しい笑顔が印象的な円堂、制服を見られてしまったかもしれない木野。それから、マコを救ったあの少年。あの土壇場で、しかも空中で、あの威力の蹴りはなかなか出せるものではない。まあまず素人ではないだろう。見たことある気がしたが、いつだったか。白髪のツンツン頭、目は美しいつり目。顔が整っていて綺麗だった。
 もし今日河川敷に行かなかったなら。花音は思いを巡らせる。「私は彼を知らなかったのだろうか」と。考えると、不思議な感覚に誘われた。彼のおかげで、マコがボールに直撃することは防がれた。花音も身を呈して守ろうと動いていたために、結果的には一緒に救われてしまったのだった。「もしまた彼に会うことがあったら、ちゃんとお礼を言おう。」そう決意して、瞼を伏せる。
 ふと足音に気がついて後ろを振り返ると、白いスーツに身を包んだ同い年くらいの少年が廊下から歩いてきた。
「ご気分優れませんか?」
 赤い瞳にドレッドヘアーの少年が言った。外に出ていたから心配してくれたのだろう。花音は慌てて首を振る。
「いえ、少し休憩をとっていただけで…。ご心配いただきありがとうございます。」
 花音がすまなさそうに微笑むと、少年も安心したようで少し表情が軽くなった。少年は胸に手を当てて口を開く。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。私、鬼道有人と申します。」
 軽く会釈をする少年に、花音は驚きを隠せない。何を隠そう、このパーティは鬼道財閥の主催なのだ。当主である彼の父親に挨拶を済ませていたため、花音は少しだけ彼の事を知っていた。
 中学2年生にして、あの帝国学園サッカー部の部長を勤めているらしい。成績優秀、との噂はかねてより耳にしていた。
「お初にお目にかかります、私は…」
 花音がそう言い始めた時、涼の声がそれを遮って響いた。
「キャプテン!」
 廊下の明かりを背に立つ涼は少し眩しかったが、その表情が恐ろしく冷たいことは見て取れた。涼は早足に2人へと近づくと、花音と鬼道の間に、花音を背にして立ちはだかる。
「鬼道様。こちら、柑月花音様でございます。…お嬢、任介様がお呼びですので、中へ。」
 紹介こそしてくれるものの、涼の声はいつになく強く、会話を終わらせようとする意思が感じられた。呼ばれていると言われればこれ以上続けるわけにはいかず、花音は「鬼道様、ごきげんよう」と会釈を残してその場を立ち去った。
 その場に残された鬼道は、花音の背を見送って涼へと向き直る。
「各務、彼女は」
 言いかけた言葉をまたも遮って、涼は話し始める。
「鬼道様、失礼を承知で申し上げますが、花音様に…お嬢に、近づかないでください。お嬢のためにも、あなたのためにも。」
 鬼道は小さく「俺のため?」と繰り返し、眉を顰めた。それはどういう意味なのか、と問おうとして、開きかけた口をつぐむ。それは風が吹いたからなのか、涼の表情が悲しそうに見えたからなのかは鬼道にもわからなかった。
「…失礼します。」
 いつもより小さく見える涼の背を見つめ、鬼道はそっと息をついた。

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