32話 2/4

 試合に向けて、花音は皆とは別室でユニフォームへ着替えていた。1人きりの静かな更衣室で、緊張をほぐすように深呼吸をする。
 フットボールフロンティア最後の試合だと思うと、どうしても鼓動が高鳴る。目を伏せ、自分に言い聞かせるように「大丈夫」と声に出した。
「私なら…お兄ちゃんの技なら、きっと大丈夫。雷門イレブンなら、絶対に大丈夫。」
 これまでを振り返り花音はもう一度深く息をする。目を開けて、微笑みながら呟いた。
「…行ってくるね、お兄ちゃん」

「良いか、みんな!全力でぶつかれば何とかなる!」
 円堂の言葉に、円陣を組んだ皆が胸を熱くする。不安や緊張を感じさせない晴れやかな笑顔で、円堂は全員の顔を見渡して頷いた。
「…勝とうぜっ!」
 高らかな呼びかけに、「おー!」と皆が声を合わせる。
 士気の高まる雷門イレブンを傍目に、対する世宇子イレブンは配膳用のワゴンで運ばれてきた液体入りのグラスを優雅に持ち上げた。「僕達の、勝利に」という掛け声に合わせ、皆が液体を飲み干していく。それはおおよそ試合前の選手の行動から逸脱した、異様な姿だった。
 世宇子中のキックオフで試合が始まった。ボールはすぐさま、立ち止まったままのアフロディへ渡る。ブロックに入る豪炎寺と染岡を皮切りに、アフロディはヘブンズタイムという技で雷門イレブンを振り切っていった。一見歩いているだけのように見えるその技で、しかし気づいた時には背後に回り込まれている。目にも止まらぬ速さで切り込んでいく彼は、気づけばゴールの目の前に迫っていた。
「来い!全力でお前を止めてみせる!」
 円堂が奥歯を噛み締めながら啖呵を切る。アフロディは涼しい顔で立ち止まり、「天使の羽ばたきを聞いたことはあるかい?」と問いかけた。そして高く跳び上がり、ーー以前目にしたノーマルシュートとは比にならない迫力で、必殺技・ゴッドノウズを繰り出す。
 円堂がゴッドハンドで対抗するも、散り散りに掻き消されてしまった。崩れ落ちる円堂もろともボールはゴールに突き刺さり、雷門イレブンは先制点を許すこととなる。
 湧き上がるスタジアムとは対照的に、雷門イレブンの空気はひんやりと冷えていた。
 ゆっくりと立ち上がる円堂へ、花音含めチームメイト達が駆け寄る。痛みからか肩を震わせる円堂の瞳は、まだ闘志を無くしてはいなかった。皆の心配を打ち消すように、円堂が口を開く。
「大丈夫だ。」
 アフロディのシュートは一度受けただけでグローブが黒くくすむ程の威力だった。円堂は右手を庇いながら、「次は止めてみせる」と明るく言う。その意思を汲んで、一之瀬が「取られたら取り返そうぜ!」と皆に呼びかけた。
 雷門ボールで試合を再開する。駆け上がる豪炎寺と染岡だったが、世宇子の選手達は皆立ち止まったまま動かない。ノーマークの2人がドラゴントルネードを放つが、GKのキャッチ技・ツナミウォールで呆気なく止められてしまった。その上、余裕そうなGKは事もあろうか豪炎寺へとボールを投げて寄越した。挑発的な態度に、豪炎寺が眉間に皺を寄せる。
 鬼道、豪炎寺、一之瀬による皇帝ペンギン2号を、またもGKは止めてみせた。加えて一之瀬、円堂、土門のザ・フェニックスさえ軽々といなす。「これじゃあウォーミングアップにもならないな」と口角を上げる姿に、その圧倒的な実力差に、花音は自身の心がじわじわと削がれていくのを感じた。
 世宇子イレブンの攻撃に転じると、ブロックに入った風丸、少林、壁山が世宇子FWのドリブル技・ダッシュストームの風に巻き上げられて地面に強く叩きつけられた。なし崩しにシュート技・リフレクトバスターを喰らい、追加点を許してしまう。足首を痛めて起き上がれない少林寺がベンチへと下げられた。
 その後も世宇子イレブンの猛攻撃は止まらず、次々と雷門イレブンが倒れていく。染岡、松野、栗松、目金が怪我を負いベンチへと下がるのは、あっという間の出来事だった。

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