28話 4/4

 試合を終えた雷門イレブンの面々がベンチへ戻っていく。その波の中で1人、座り込む武方三兄弟へと豪炎寺は近づいて行った。花音はその背に気付き、少し不安げに横目で様子を見る。雷門イレブンベンチの雰囲気は逆転勝利に湧いていた。
 豪炎寺が差し出した手を、長男・勝が払い除けるのが見えた。距離があるため会話こそ聞こえないが、不穏な雰囲気に花音の視線は釘付けだ。と、三兄弟と豪炎寺の会話に木戸川清修の監督・二階堂が割り込む。その顔を眺め、花音はふと首を傾げた。
「花音、どうかしたか?」
 円堂に声を掛けられ、花音ははっと彼に顔を向ける。その丸い瞳に見つめられ、花音は「なんでもない」と力無く笑った。
「土壇場で新必殺技なんて、流石だよ。」
 わざと茶化すように花音が言う。円堂は照れ笑いを浮かべた。
「まさか、ペガサスがフェニックスになるなんてな。俺も驚いたよ。」
 円堂の言葉に花音も頷く。会話を聞いていた鬼道が「威力も申し分なしだったな。」と楽しげに言った。
 花音は置いてあった給水ボトルを手に取り、水分を取る。それからまたちらりと豪炎寺の様子を伺った。
「…豪炎寺か。」
 円堂が花音の視線の先を確認して言う。無言で頷く花音に、鬼道もそちらに向いた。
 二階堂に両肩を掴まれた豪炎寺の表情は、先程までとは打って変わって明るかった。それから三兄弟へと振り返った豪炎寺は、長男・勝から手を差し出され固い握手を交わす。彼等の間のわだかまりが解けたのが、遠目にでも理解できた。
「良かったな、わかってもらえて。」
 円堂が小さな声で囁く。花音はそれに頷いた。
「遂にここまで来たな。次は世宇子との決勝戦だ。」
 鬼道が噛み締めるように言う。円堂は力強く同意して拳を握った。花音は二度三度瞬きをして、そっと目を伏せる。円堂はふと、握った拳を開いて思い詰めたような顔をした。
「…大丈夫か。」
 鬼道の問いに、花音も目を開けて円堂を見る。円堂は再び拳を胸の前で握り、決意したように「ああ!」と低く返事をした。
 花音はスタジアムの観衆を眺めて目を細める。ほんの少し前まで、こんな場所に立つだなんて思ってもいなかった。
「…私達、随分遠くまで来ちゃったね。」
 その呟きに、円堂も鬼道も少し驚いた顔をする。花音はそれを気にせず、にこやかに円堂へ向いた。
「決勝戦も頑張ろう。…イナズマイレブンに、なるんだもんね。」
 花音と視線を合わせた円堂が頷く。それを見た花音も、満足げに頷いた。

 いよいよ次は決勝戦、と気持ちを切り替えて花音は雷門中ジャージを着込んだ。荷物をまとめ、スタジアムの更衣室を出る。皆はバスへ荷物を積み込んでいる頃だろう。1人別室で着替えを済ませた花音は、皆に合流するために薄暗い廊下を早足に歩く。
 決勝戦の相手は、あの帝国学園に圧倒的な差をつけて勝ったという世宇子中だ。どんな相手なのかもまだよくわかっていないが、今まで以上に辛い戦いになることは間違いない。それに今日の試合ーー花音は自分の動きを振り返り、力不足を痛感していた。
 珍しい「女子選手」故に少しばかり話題を呼んでいるようだが、現状、周りのパワーに押され気味であることは否定できない。細かい動きに自信があるが、帝国イレブンすら圧倒する相手に小手先の技術だけで勝てるとは思えなかった。
『影山が言っていた『因縁』ってやつが気になったのさ。』
 不意に鬼瓦の言葉を思い出す。不穏な気配を感じて胸が騒ついた。昨年のフットボールフロンティア準決勝、あの日を思い出してしまったせいかもしれない。
 兄の記憶を思い出してから、ふとしたタイミングであの時、車の中で眠る兄の顔がフラッシュバックして思考が止まることがあった。花音は首を大きく振り、意識を目の前に戻す。早くサッカー部に戻らなくては、と廊下の角を曲がった。
「あ!」
 荷物を抱えた男性とぶつかりそうになり、花音は思わず声を溢す。男性も驚いた様子で花音を見た。
「花音」
 そう声に出したのは、木戸川清修の監督・二階堂だった。
「二階堂コーチ」
 そう呼ぶと、二階堂は懐かしそうに表情を緩める。「覚えててくれたか。」と言う二階堂の目は、3年前、兄のジュニアリーグ時代を思い描いているようだった。
 兄の所属していたジュニアチームの外部コーチを勤めていたのが二階堂だった。練習後など、手の空いたタイミングで花音も混ざって軽い試合をやった記憶がある。けれど、多数の生徒を持つコーチの立場である二階堂は、さすがに花音のことは忘れていると思っていた。
「二階堂コーチこそ、覚えててくださったなんて。」
 はにかむ花音に「そりゃあ忘れないさ。…2人とも、印象的だったからな。」と二階堂が低く呟く。
「まさか豪炎寺の転校先に居るなんて、試合をするまで知らなかったけどな。」
 二階堂は肩を落としながら笑った。
「元気そうで良かった。決勝も頑張れよ。」
 そう言い残し、二階堂は荷物を抱え直して歩き去る。花音はその背を見送って、やがて俯いた。
 決勝戦を思うと、気持ちが鉛のように重く沈む。兄の言葉がやけに頭に響いた。
『強くなったら、一緒のフィールドに立てるよ』
 それはある種、呪いのような言葉だった。

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