26話 2/2

 救急車に同乗して、任介は病院までやって来た。けれど長い緊急手術の末に、花音の両親は亡くなった。
 政は術後も面会謝絶が続き、花音も数日間目を覚さなかった。花音の意識が戻ったとの知らせを聞きつけ病室へ向かうと、ずっと眠っていたせいか幾分やつれた彼女が待っていた。
「…とう、にい…?」
 花音は見たこともないような呆けた表情で任介を見た。虚ろに呼びかける声に、任介の張り詰めていた緊張が解ける。途端、年甲斐もなく泣き出してしまった。たまらず抱きつくと、花音は「苦しいよ、任にい…?」と状況が掴めない様子だった。
「お父さんと、お母さんは…?」
 感情の薄い声で、花音が聞く。まるで朝起きて両親を探すような声色に、任介は少し言葉を詰まらせた。
「花音、今はゆっくり休んでくれ。後のことはそれから話すよ。」
 花音は聞き分けよく頷く。いつもならその言葉だけで理解しただろうに、それだけ参っているのだろうと任介は彼女を不憫に思った。
 それから2日ほど経ち、順調に回復した花音は柑月家で預かることにした。任介が父親に事を話すと、思っていたよりあっさり許可が下りる。宗雲の親戚が遠方に居ることもあって、花音と政は柑月の養子になった。
「これからは俺もお兄ちゃんだな。」
 気丈に笑う任介を、花音は虚ろな目で見つめていた。検査の結果、身体の方は問題ないようだが、花音は目が覚めてからずっとぼうっとしたまま、人形のようだった。
「お兄ちゃん…」
 儚げに呟いた花音に、両親が亡くなったこと、政が目覚めないことを伝える。反応の薄い花音は「政…」と兄の名を復唱し、首を傾げた。
 いつもと違う様子、呼び方に任介の胸が騒つく。任介の心情などお構いなしに、花音は淡々と言った。
「政って、誰…?」

「1ヵ月過ぎた頃には、花音も以前と変わらない様子になった。だが相変わらず花音は政を思い出さないままだった。」
 紡ぐように丁寧に、任介が語り続ける。皆がそれを黙って聞いていた。
「『辛くて消した記憶なら、わざわざ思い出させることもない』って、そのままにする事になったんだ。…花音からサッカーを取り上げる事になったのも、政を連想させないためだった。」
 任介は自嘲気味に、「俺は少しだけ、思い出してほしかったんだけどな。」と苦笑いする。花音が人知れず俯いた。
「これが俺の知る、あの事故の全てだ。」
 その言葉を聞いて、皆が知らず知らず止めていた息を吐き出す。円堂が「話してくれて、ありがとうございます」と礼を言った。
 花音が不意に口を開く。
「私の技…ウンディーネは、もともとお兄ちゃんの技だったんだ。…お兄ちゃんは、優しくて、格好良くて、…私は…。」
「花音ちゃん…。」
 尻窄みになっていく花音の声に、木野が彼女の手を取った。温もりに包まれた手に、花音は思わず顔を上げる。花音と目を合わせた木野は、「花音ちゃんは1人じゃないよ」と優しく言った。
「そうだ!花音には俺達が付いてるぞ。」
 円堂の言葉に雷門イレブンが同調する。皆の顔を見渡して、花音が瞳を潤ませた。
「みんな…!」
 めいっぱいの笑顔を浮かべ、花音が一同に礼を言う。
 その夜は、遅くまで円堂の家に笑い声が響いていた。

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