25話 3/3

 その日の夜、雷門イレブンと練習を共にした一之瀬は円堂の家に泊まることとなる。アメリカで経験したサッカーの話を聞きたいと、他の部員達も円堂宅に集まった。練習途中で帰宅した花音も是非にと呼ばれ、皆で食べるおにぎり作りの手伝いとして家を出る。花音が送迎の車で円堂家の前に着いたとき、連絡をくれた木野が玄関の戸を開けて出てきた。
「花音ちゃん!」
 車から降りた花音が木野に駆け寄る。花音は少し気まずそうに、けれど体調は問題ないと伝わるように笑みを浮かべた。
「遅くなってごめんね、あと…」
 花音が言いながら背後に視線をやる。花音に続いて、木野も車の方を見た。丁度、任介が車から降りてきたところだった。
「任にいが…義兄が、心配だからって付いて来ちゃって…」
「どうも。」
 任介が人当たりのいい笑顔を浮かべながら、木野に手を振った。木野も「初めまして」と会釈して、「円堂くんの部屋いっぱいにみんな集まってるから、ちょっと狭いかもだけど」と笑う。花音と任介は円堂の母に挨拶をし、おにぎり作りを手伝って2階にある円堂の部屋へと運んだ。
「みんな、お待たせ!おにぎりよ!」
 木野が言いながら扉を開けると、中には一之瀬を囲むようにして皆が床に座り込んでいた。中心近くに座っていた円堂が、「花音!木野!」と嬉しそうに声をあげる。そのまま奥に立つ任介に気づいて、首を傾げた。
 円堂の表情に促されるように、花音が口を開く。
「…ごめん、私の義理のお兄さんが、付いて来ちゃって…。」
 恥ずかしそうな花音に代わって、任介が軽く自己紹介をした。「俺は居ないものだと思ってもらって構わない」という任介に、皆は苦笑いを浮かべる。
「義理のお兄さん…」
 事情を把握しているサッカー部とは異なり、神妙な面持ちで一之瀬が頷く。花音は少し迷う素振りをしてから、「かずくん、私今、柑月花音っていうの。」と笑った。
「1年前に交通事故で両親を亡くして…お兄ちゃんの友達でもある任にいの家に引き取られたんだ。」
 花音の発言に絶句した任介に、花音がゆっくりと振り返る。
「実は、記憶が戻ったの…。」
 部屋中がしんと静まり返った。花音は居心地悪く肩を窄める。任介は目を見開いて黙ったままだ。
「記憶が戻ったって?」
 皆を代表して、円堂が尋ねる。花音はバツが悪そうに、「事故のストレスで、一部の記憶が無かったみたい。」と眉を寄せた。
「だけど今日、かずくんに言われてやっと思い出せた。…私にはお兄ちゃんが居たの。任にいじゃなくて、血の繋がったお兄ちゃん。」
 花音はそこで言葉を区切って、笑顔を作る。どう見てもぎこちないそれに、一之瀬が控えめに口を開いた。
「事故って…じゃあ、政は…?」
「入院中だ。…ずっと意識が戻らない。」
 任介が漸く言葉を発する。重い空気が部屋を占領し、花音はますます居た堪れない気持ちになった。「この話は終わりにしよう!」花音が元気よくそう言いかけたとき、円堂が「どういうことなんだ?」と続きを促す。花音は躊躇いがちに「あんまりいい話じゃないし、折角かずくんが来てるのに…」と一之瀬を見た。
「俺も気になる。花音とみんなが良ければ、俺も聞きたいな。」
 彼の言葉に、サッカー部の皆が頷く。花音が困って視線を彷徨わせていると、任介が「俺が話そう。」と静かに言った。
 皆の注目を集め、任介が短く息を吐く。それから少し悲しそうに、決意を込めた表情で語り出した。

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