25話 2/3

 過呼吸を起こした花音を落ち着かせようと、豪炎寺が付き添って静かな部室に場所を移した。今日は練習に復帰するのは難しいだろうと、豪炎寺から任介に連絡を取る。迎えに行くのには少し時間が掛かると言われたが、取り乱した花音を落ち着かせるのにかえって好都合だった。一応詳しい理由は伏せ、豪炎寺は電話口で「体調不良」とだけ任介に伝える。
 取り乱したままの花音へゆっくり声を掛け、豪炎寺が正しい呼吸へと導いていった。次第に鎮まった花音は、それでもそのショックの大きさから指先の震えが止まらない。
「私…最低だね…」
 自嘲気味に言った花音に、豪炎寺が無言で首を振る。豪炎寺の落ち着きように、きっと任介は彼に全て話したのだろうと花音は理解した。そう考えると、任介と豪炎寺が連絡先を交換しているのも納得がいく。
 それだけ多くの人に迷惑をかけているのだ、ということが、余計に花音を責め立てた。
「…忘れちゃってた、なにもかも。唯一の家族なのに。」
 あの日、両親の車がーー兄・政の乗った車が事故に遭った瞬間の記憶が鮮明に思い出される。政と花音は、たった2人の兄妹だった。それなのに。
「落ち着け、花音。お前は何も悪くない。」
 冷静な豪炎寺の言葉に、花音はかぶりを振る。
 花音は悪い。全て忘れて、逃げようとした自分が許せない。
「お兄ちゃんが苦しんでるのに、なのに私、自分の事ばっかりで…」
 自分に対する憤りから、花音はまた少し呼吸を荒くする。それに気づいた豪炎寺が花音の両肩に手を置いて、「落ち着け!」と語気を強くして彼女の瞳を覗き込んだ。
 豪炎寺と目を合わせた花音は、自分の不甲斐なさから目頭が熱くなった。歯止めが効かなくなった感情が湧き出すように、どこからか勝手に涙が滴る。
「辛いことから目を背けて…最低だよ。」
 吐き捨てるような言葉に、豪炎寺が眉を寄せた。静かに首を振り、諭すように口を開く。
「いつか夕香が目覚めたときに誇れるぐらいサッカーで活躍していてほしいって、夕香の分まで笑っていろって、言ってくれたのは花音だろう?あれは俺のための気休めだったのか?」
「…それは…」
 言葉に詰まる花音に、豪炎寺が畳み掛けるように言葉を続ける。優しく笑いかけながら、彼女の両肩に置く手に力を込めた。
「花音は、最低なんかじゃない。…事故は悲しい出来事だったが、お前がそれを責任に感じる必要はないんだ。記憶を抑圧したことも、非難されるようなことじゃない。」
 少しずつ、花音の呼吸が安らかなそれに戻っていく。それでもまだ自分を許せないでいる花音が、「でも…」と消え入りそうな声で言った。
 頑なな様子に、豪炎寺はやれやれと肩を竦める。幼い妹にするように、花音の涙の跡を拭った。
「本当に、お前は…格好つけたがりというか、強情な奴なんだな。」
 困ったように豪炎寺が薄く笑う。花音は幾ばくかの居心地の悪さを感じ、眉尻を下げて「ごめん」と呟いた。
「前も言ったが、俺達も付いてる。だから…無理はするな。」
 ゆっくりと、噛み締めるように豪炎寺が言い聞かせる。押し付けがましさの感じないその言葉に、花音は強張る身体が少しだけ楽になるのを感じていた。

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