24話 3/3

 響き渡るホイッスルとともに地面に着地した花音は、そのまましゃがみ込んで肩で息をする。近くに居た鬼道が駆け寄って来て花音に手を貸した。
「あ、…ありがとう」
 顔を上げた花音の顔が試合後とは思えないほど血の気が引いていて、鬼道は思わず眉を寄せる。「顔色が悪いぞ」と伝えると、花音は戯けた様子で「頑張りすぎちゃった」と笑った。差し出された鬼道の手を握り、花音は漸く立ち上がる。大きく深呼吸をして、「もう大丈夫」と軽く手を振った。
 花音へ疑わしい視線を向ける鬼道に、半田がおずおずと声を掛けた。振り返った鬼道と気まずそうに目線を合わせ、半田は意を決したように言う。
「悪かった、その…あんな事言って…。」
 至極反省した様子の半田に、鬼道は「気にしていない。」と短く答えた。その反応に半田がホッとしたような顔をする。
 成り行きを見守っていた花音は、満足そうに顔を綻ばせた。

 試合を終え、帰りのバスに乗り込んだ花音は空いてる席を探して周りを見渡す。視界の端に鬼道が1人で座っているのを捉え、近づいた。
「隣、いいかな?」
 花音の問いに、鬼道は短く肯定した。花音は一瞬、彼の妹である音無が座るのではないかと逡巡したが、バスの前の方で音無が木野と並んで座っていたのを思い出す。静かに鬼道の隣へと腰を下ろした。
 全員が乗り終わりバスが走り出す。鬼道が窓の外を眺める横顔を盗み見て、花音は鬼道と初めて出会った日のことを思い出した。
 奇しくも、あの日は円堂と木野、それから豪炎寺と出会った日だった。パーティ会場で出会った鬼道はスーツ姿も相俟って、花音にはとても同い年には見えなかった。
「…柑月、少し聞いてもいいか?」
 花音の回想を遮るように、鬼道が言葉を投げる。花音は「なに?」と聞き返しながら鬼道へ向き直り、次の言葉を待った。鬼道はばつが悪そうに少し俯いて、「柑月さん…任介さんとは、どこで出会ったんだ?」と問うた。
「任にい?」
 何故突然に、と花音は首を傾げながら、「昔から知り合いだったけど…」と呟く。鬼道はその答えに満足しなかったようで、「いつ、どこで初めて会ったんだ?」と問い直した。
 核心を突くような質問に、花音も表情を曇らせて考え込む。確かに、平凡な一般家庭で生まれ育った自分がどのようにして莫大な富を持つ柑月家の嫡男と知り合ったのか、見当がつかない。記憶はどこか曖昧で、かなり幼い頃から知っていたということしか覚えていない。
「分からない…」
 任介との出会いにすら違和感を感じて、花音は猛烈な不安に襲われた。前後感覚すら危うくなるような恐ろしさに、思わず眉を寄せる。
「…なんでそんなこと…」
 花音が呟くと、鬼道は「任介さんについて少し気になったんだ。」と至極真っ当な返答をする。
「各務と話をしたときに。」
 鬼道の言葉を聞いて、花音は何も言えず押し黙った。まるでおかしいのは花音1人で、他の皆はそれに全て気づいているかのようだった。
 また理由のわからない違和感が、当たり前に繰り返す毎日の中に隠れている気がして身を震わせる。
 ふと思い出したのは、幼い頃任介とサッカーボールを蹴り合う自分だった。花音から任介へボールが渡り、任介がゴールに見立てたマーカーの間へと近づく。しかし敵の圧倒的なディフェンスに任介はボールを奪われてしまった。
『花音、行ったぞ!』
 任介の言葉に、花音は意気込む。目の前まで来た敵のドリブルに花音も果敢に食らい付くが、ボールには触らせてもらえなかった。
「柑月?」
 鬼道の声にはっとした。鬼道が心配そうに花音を見ている。
「あ、ごめん何だっけ?」
 軽い調子で笑う花音に、鬼道は少しため息を吐いた。
「…名前で、呼んでも良いか?」
「え?」
 突然の言葉に花音が少し驚いて彼を見ると、鬼道は花音から目を逸らして前の座席をじっと見つめた。
「嫌なら構わないんだが。」
 素っ気ない様子に面食らうが、花音がよくよく鬼道を見ると気恥ずかしそうにしている。花音は「ううん、嫌じゃないよ」と言ってから、少し考えて「確かに、任にいも柑月だし呼びづらいよね。」と納得した。
「じゃあ私もこれからは有人って呼んでもいい?」
 冗談半分に言った花音だが、鬼道は「構わない。」と花音の方へ向き直って頷く。今度は花音が恥ずかしくなってきて、誤魔化すように笑みを浮かべた。

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