23話 2/2

 夕刻の河川敷を見下ろして、土手に花音と音無が腰掛けていた。傍には鬼道が、俯いたまま立ち尽くしている。音無の「聞いたよ、世宇子中戦の事。…残念だったね。」という言葉に、鬼道は自嘲気味に言った。
「残念?残念なんてものじゃない。」
 音無が顔を上げて鬼道を見る。花音もそれに倣って鬼道を見上げると、夕陽を受けたその表情は暗く険しかった。
「俺の目の前で、仲間があんな目に…。こんな悔しいことがあるか」
 奥歯を噛み締める鬼道は心底悔しげで、花音は思わず目を逸らす。鬼道の置かれた立場を思うと、居た堪れない気持ちになった。
「俺は…俺は…!!」
 肩を震わす鬼道の背に、炎の渦を巻くボールが飛んできた。花音が気づいてそちらを見た時には、鬼道は蹴り返す動きに入っていた。
 花音は咄嗟に音無の肩を抱き、ボールから彼女を離す。大丈夫だろうとは思ったが、そのボールがいつも通り本気な速度だったために反射的に動いてしまった。重心を崩した音無を抱いたまま、鬼道が蹴り返したボールの行方を追う。
 ボールは鉄橋の下に当たり、勢いを殺しきれずに上へと跳ね上がった。丁度橋の上に立っていた豪炎寺が、こともなさげに手中に収める。
「豪炎寺…」
 近づいてくる豪炎寺に、鬼道が身構えるのが分かった。音無はすぐさま豪炎寺へと駆け寄り、鬼道がスパイに来た訳ではないと解く。花音も立ち上がって、話を見守った。
 豪炎寺は気にする様子もなく、「お兄ちゃん、か」と呟いて目を伏せる。花音は豪炎寺が思い描くことが手に取るように分かり、少しだけ俯いた。
「来いよ。」
 豪炎寺が言って、土手の階段を降りる。鬼道も短い返事をして、その後に続いた。
 花音は心配そうな音無に笑いかける。音無はそれでも不安そうに、「先輩、お兄ちゃんが」と声を震わせた。
「大丈夫」
 花音はゆっくりと頷き、豪炎寺と鬼道を見下ろす。サッカーコートの中で向かい合った2人が、今まさにボールを蹴り始めたところだった。
「見守ってあげよう。」
 花音の言葉に、音無は祈るように胸に手を置いて2人を見つめた。

「自分から負けを認めるのか、鬼道!」
 豪炎寺が声を荒げながら、蹴り上げたボールに力を込める。彼の必殺技・ファイアトルネードを鬼道に向けて放った。ボールは鬼道の横スレスレを通り過ぎて、背後の土手へとぶつかる。土を凹ませたそのボールは、音を立てて割れた。
「1つだけ方法がある。お前は円堂を正面からしか見た事が無いだろう。」
地面へと降り立った豪炎寺が鬼道へ静かに言った。驚く鬼道に構わず、豪炎寺は続ける。
「あいつに、背中を任せる気はないか?」
 狼狽える鬼道の背に向けて、今しがた河川敷にやって来た涼が「キャプテン」と一言声を掛けた。
「各務っ!?」
 突然のチームメイトの登場に鬼道は驚いて振り返る。涼はそんな彼を見つめ、意を決したように言った。
「…いってらっしゃい。」
 その言葉にまたも鬼道は目を見開く。同じくベンチからあの酷い試合を見ていることしか出来なかった涼の、絞り出すような後押しの言葉は重かった。
 涼の言葉に愕然とする鬼道を、土手の上の音無は心配そうに見ていた。その横で、花音もまた心配そうに、涼を見つめている。
「僕がみんなを守るから。キャプテンは、好きに進んで。…ただ、無理だけはしないで。」
 涼はひとたび目を伏せて、そしてゆっくりと目を開けた。鬼道はチームメイトの名を呼んで、迷いからか弱々しく肩を窄める。
 鬼道へ語りかける涼の姿を目に、花音は、帝国学園で過ごす涼を何も知らないんだと強く感じた。
 隣に立つ音無が、揺れ動く鬼道の心を察してか「お兄ちゃん…」と小さく溢す。不意にドクンと花音の胸が大きく脈打った。
 ざわざわと広がるえも言われぬ感覚に、花音はゆっくりと深呼吸をした。

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