3歳の私。
歩く。走る。話す。笑う。
普通に、生きていた。普通に、幸せだった。
あれはいつだったか…やけに夕焼けの綺麗な日。あれが帰ってきた。私は走り寄った。笑った。「おかえり。」そして…―
あれは殴った。私を、殴った。殴った。殴った。殴った。殴った。
異変に気づいた女が駆けてきて、あれを止めようとした。殴った。あれが殴った。女を殴った。女が愛したあれが、あれが愛した女を殴った。
それは唐突だった。あまりに唐突過ぎて、当時の私には何ひとつ理解出来なかった。パパがパパじゃなくなった。始めからパパなんかじゃなかった。
やがて女は私を連れて逃げ出した。けれど次第に落ち着いた女は、新しい生活を送るために邪魔なものを捨てた。
私は捨てられました。
邪魔なので捨てられました。
女からすれば、あれとの生活の産物でしかない。あれの、女を殴ったあれの、正気を失ったあれの、血が。血が通ってる。通ってる私。狂気の血が通ってる私。
だから誰にも必要でないのですよ。
初めから分かりきっていた事なのですよ。
血が。血が。血が。血が。
しかしその頃は何も考えていなかった。理解出来なかったから、考えなかった。平気だった。幸せだった。
奴等は、私に笑った。私も奴等に笑った。パパが来た。パパが私を見て、私に言って、私は頷いた。

『…来るか?』

『うん!』

私は笑った。パパは?パパは笑った?パパは笑った?私は笑った?本当に笑った?
彼と一緒に門を出た。彼女は泣いていた。女のようだった。あれに殴られた女。あれが殴った女。
その日パパは私のパパになりました。
私はパパの娘になりました。

「パパ…」

パパはパパでした。変わらずにパパでした。
だから私は、パパを愛しているのです。

「ん…?」

突然身体は重量の取り決めに収まった。私は方向という概念、上下という認識を取り戻す。顔の下に右腕。その下に左腕。
灯り。目蓋を伏せても感じる灯り。つまりさっきのは、夢か。夢の中でも記憶のフラッシュバック機能という不要なそれか。
目を開けた。

「あ、起きた?」

「…フィディオ、アルデナ…」

「ご飯持ってきたよ。」

机に突っ伏していた私にフィディオ・アルデナがトレーを差し出す。ボンゴレのパスタだ。晩御飯なのか。
私の部屋だ。イタリアの宿舎の一室。選手と変わらない、けれど選手達とは離れた場所にある部屋。ベッドと机と本棚とクロゼット。それきりの部屋。
机から起き上がるとフィディオ・アルデナがそこにトレーを置いた。いつも時間に食堂へ取りに行く私が、今日に限って来ないから持ってきたらしい。
それから当たり前のようにフィディオ・アルデナは私のベッドに座った。
嫌そうな視線を送るとフィディオ・アルデナが笑う。

「君は、影山の本当の娘じゃないんだね?」

フォークでアサリの殻を三回叩いた。四回目でアサリが逃げ出す。皿からトレーへとエスケープした。

「私のパパはパパ以外居ない。」

殻ごとアサリを突き刺して、私はフィディオ・アルデナを睨んだ。

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