おなまえは言葉を失った。

「久しぶりだな、おなまえ。」

今まさに目の前に立つ円堂に、こうして再び会えた事に。

「なんで…」

「なんでって、会いに行くって…あれ、聞いてないのか?」

玄関ドアの隙間から覗く円堂が驚いた様子のおなまえに頬を掻く。大学を出て自宅近くで一人暮らしを始めたおなまえからすれば、円堂が何故この家を訪問したのかは謎でしかない。

「帰ってくるのは聞いたけど。」

そう言いながら、おなまえ自身自分がこんな風に円堂と話せるだなんて考えてもいなかった。
おなまえはあの「無かった日々」以来円堂を見ずに過ごしてきた。当たり前だ。おなまえは彼女に重荷と罪悪感を植え付けて逃げ出したというのに、こうして世界は続いているというのだから。何よりあの「無かった日々」に、おなまえの円堂への想いは置いてきた。だからもう円堂へ視線は向かなかった。

「久しぶりに幼なじみの顔でも見ようと思ってな。」

そう言って円堂が笑みを見せる。しかしその笑みは嘗ての幼い円堂と違い、随分と大人びた微笑みだ。彼女の言葉を思い出しておなまえが少し寂しくなる。

「結婚、したんだってね。」

「…あぁ。」

一瞬円堂の表情に影が差したが、おなまえはそれを見つける事は出来なかった。それは円堂がすっかり大人びてしまった事と共に、2人の距離が幼なじみのそれとは比べものにならない程に遠のいてしまった事が原因である。もう2人はあの世界で過ごした2人とは違う。全くの別人だ。

「結婚式に呼んでくれない癖に、幼なじみなんてよく言うよ。」

おなまえが渇いた笑みを向ける。悲しみすら渇いてしまったかのような笑みだ。

「悪い。ってもお前こそ全然連絡つかねぇし呼びようがないじゃないか。」

これを大人の対応とでも言うのだろうか。表面では笑い合いながら、内に秘めたる気持ちの片鱗も見つけだせはしない。いや、秘めたる気持ちなんてものは無いのかもしれない。全てはあの時、あの世界で、終わってしまったのだから。

「…ところで、その荷物は?」

「ああ、これな。おなまえにやろうと思って。」

円堂が大きめの紙袋から透明なプラスチックの箱を取り出す。密閉された箱の中には美しい紅で咲き誇る曼珠沙華が煌々と煌めいていた。
おなまえは思わず息を呑む。その曼珠沙華は円堂が沈んだあの日に咲いた時のように妙に輝き、妙に魅力的な、そんな曼珠沙華だった。

「フリーズドライだから長持ちだぞ。」

円堂が曼珠沙華を差し出した。おなまえが両手を差し出して受け止める。

「…どうしたの?」

「結婚式に呼べなかったお詫びと、中学校から渡してなかった誕生日プレゼントだ。…不満か?」

「うぅん、でも…曼珠沙華なんてなかなか売ってなかったでしょう?」

「まあな。でもまあ、お前の好きな花だし。」

少し、おなまえは泣きそうになった。しかしこんな真っ昼間から、しかも他でもない円堂の前でべそをかくのはおなまえのプライドに反したので必死で堪える。そんなおなまえに円堂は「花言葉通りだ」と小さく言った。その言葉におなまえはまた笑う。

「花言葉って1つじゃないんだよ?」

「えっ、そうなのか…」

さも今知りました顔の円堂だが、内心そのくらいは知っていたさ、と呟いた。曼珠沙華の花言葉は、情熱、独立、再会、あきらめ、悲しい思い出、想うのはあなた一人、また会う日を楽しみに。どれが当てはまるのかなんてとても口では伝えられない。おなまえもまた、円堂がどれを指して言っているのかを明らかにしようとはしなかった。
勿論おなまえに円堂の真意は分からない。しかし分からないままで良いのだ。今更何も変わらないし、変わってはいけない。おなまえの腕の中でより曼珠沙華が瞬いた。
もう、全部遅いんだ。


そう嘯いた。

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