おなまえが帰った病室で、私はまた赤に紛れる。夕闇がやってくるのだ。私は夕陽がおなまえのように感じられるから、あながちその時間も嫌いじゃない。むしろ好きな部類だ。
一番嫌いなのは、夜が明けたあの時間。おなまえと、それから円堂くんが死んだ、あの時間。それに相反しているから、それもあって夕陽が好きだ。けれどそれをおなまえにも、誰にも言うつもりはない。
おなまえや円堂くんはこの世界があの時間のやり直しだと気づいているのだろうか。あの日、円堂くんが死んで、一週間後におなまえも死んだ。けれど2人は生きている。私は狐にでもつままれたような気分で今を見つめている。
中学校の頃の記憶は曖昧だ。円堂くんが死んだ世界の記憶も確かにここに有るのに、下手くそに上書きしたみたいにおなまえと仲良くなった記憶がある。そして何より、現実のおなまえは私を見舞いに来てくれる。
でも、でもあの記憶は決して嘘なんかじゃないと私は知っている。だからよくわからなくなるのだ。気を抜くとどこからが嘘でどこからが本当かがわからなくなる。夢と現の境目が水面のように揺らめく。
嘘って何だろう。私はどっちが嘘だと思っているのだろうか。円堂くんとおなまえが死んだ世界か、私とおなまえが親しみ合う世界か。ならどちらも嘘で、どちらも本当だとしたら何を信じたらいいのか。
ため息を吐いた。ベッドから立ち上がり、病室のカーテンを閉める。ついでに部屋の電気を点けた。
馬鹿みたいだ。何を信じるとか、信じた所で私は何を変えるというのだ。例え嘘でも、今こうしておなまえが私に会いに来てくれるのなら、私は嘘の中でおなまえと笑い合おう。生憎本気で今を嘘だとは思っていないが。
何が嘘だって、何が本当だっていい。こうして幸せを感じられればそれでいい。もう二度と、自分のせいで悲しみが起こらないように。あんな悲惨なすれ違いを目にしないように。

『ごめんな、でも俺は…』

『円堂くんの居ない世界なんて、私には辛すぎた。』

『おなまえが…』

『円堂くん…』

荒波に飲み込まれる2人。互いに想い合っていたのに、私のせいで2人は死んだ。私の身勝手な思いで円堂くんを困らせ、おなまえを苦しめ、2人を殺した。許されない罪だ。
あの世界の記憶はそこで途切れてしまうから、私はその先を伺い知る事は叶わない。けれど二度とあんな罪は犯したくない。だから私は2人が生きている今を大切にしたい。
そう言えば、つい先日不意に円堂くんから手紙が届いた。どうして私へ届ける事が出来たのだろうと不思議に思ったが、なんて事はない。私は昔からここで暮らしているじゃないか。
手紙の内容は短い結婚の報告と、質問だった。『おなまえはまだ稲妻町に居るのか。』私はすぐに返事を返した。
こっちの世界で、円堂くんがおなまえを、おなまえが円堂くんを好いているのかどうかは分からない。本当に分からないのだ。2人にあっちの世界の記憶が有るかどうかだって分からない。
一応他の人に多少の確認をしてみたが、かかりつけの医者や昔から世話になっている看護士は中学校二年生の秋に私が外出をした記憶が無いと言う。つまりこっちの世界では無かった事にされているらしい。もしかしたら私の気が触れただけなのだろうか。
そして今日、また円堂くんから折り返し手紙が来た。雷門中で監督をする事になった、と独特の字で記されていたのともう1つ。
おなまえに会いに行くと伝えてくれ、とそう書いてあったが、私はその文が読めなかった。


幸せって

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