あのFFI世界大会で、久遠率いるイナズマジャパンが世界の頂点に輝いた年から丁度10年。その誉れあって、日本におけるサッカーの地位は格段に高まっていた。中でもイナズマジャパンに数多くの選手を輩出した雷門中は、今やサッカーにおける名門校となっていた。
そんな雷門中のある稲妻町にあるとある総合病院の一室に、綺麗に切りそろえられた黒い髪を風に踊らせながら目を細める女性が1人。年の頃にして20代前半か。手元には今さっき封を切られたばかりの封筒と手紙が折り重なっている。
手紙の文字に目を走らせながら時折笑みを浮かべ姿は美しく、しかし少しだけ哀しげにも見える。何かをこらえながら今ある幸せを愛そうとするような、そんな理不尽な表情だ。
手紙を読む彼女のドアへとノックする音が響いた。彼女が文面から顔を上げ伺う。開いたドアからは彼女の見知った顔が覗いた。

「あ、おなまえ。」

彼女の表情がまた緩む。対しておなまえもにこやかに微笑んで彼女の容態を伺った。

「なに、読んでたの?」

おなまえが持ってきた荷物を置きながら椅子に座る。身を乗り出すおなまえに彼女は少しだけその手紙を向けた。

「円堂くんからの手紙。稲妻町に帰ってくるんだって。」

「…へぇ。」

春の清々しい風が吹いた。つられるように彼女が病室の窓を見やる。吹き込んだ春風に乗ってうす桃色の花びらが舞い込んだ。

「そう言えば、円堂くんは雷門さんと結婚したんだってね。」

彼女が事務報告のように淡々と述べる。おなまえも何も言わず目を伏せた。

「…実はね、おなまえ。私、昔円堂くんが好きだったんだ。」

おなまえは相槌を打たなかった。そして彼女も、おなまえが何を考えているかを想像出来た為に振り返ったりはしなかった。
ただ、2人で窓の外に広がる世界に目を向けている。
彼女とおなまえは、中学校からの仲だ。元々は身体の弱かった彼女は所謂保健室登校を繰り返していた。運悪く保険医不在のその保健室へ怪我をしたおなまえがやってきた事から関係が始まる。平穏とはまた違うかもしれないが、それでも長いこと一緒に過ごしてきた。今では彼女の面倒の殆どをおなまえが看ている程だ。何故ここまで仲が良くなったものなのかと周囲は首を傾げている。
彼女とおなまえを繋ぐもの。それは見つけづらいかもしれないが、紛れもなく円堂守だ。いいや、この世界の殆どの出来事は彼が理由に関わるものだから、考えてみれば当たり前なのかもしれない。
この世界は、彼が居るから保たれる。裏を返せば彼以外の誰かが居なくなった所で何か深刻な事態には陥らない。彼さえ居れば良いのだ、世界からすれば。
だから彼女も、勿論おなまえも、世界から見ればただのお飾りにしか過ぎない。それでも少女達は大人になり、今を生きる。
2人が見ている先の枝から、小鳥が飛びあがり窓からフレームアウトした。


彼等が溺れなかった世界で

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