私はあの時船着場の上から溺れゆく円堂くんを眺めていた。眺めていながら何も出来なかった。私のせいで円堂くんが溺れていくというのに。

『円堂くんっ!!』

波が高かった。
私は円堂くんに助け出され、押し上げられたそのコンクリートへと海水を垂らした。ぽつり、ぽつり。段々と黒さを増すコンクリートへ、やがて雨が落ちていく。
そう酷い雨ではなかった。ただ、優しく、どこか温かく、けれど哀しげな、そんな雨だった。
肩に当たる雨の雫はトントン、と私を呼んでいるようで。泣くな、泣くなとあやしてくれているようでも、円堂くんの死を悲しみ泣き崩れているようでもあった。
円堂くんはあの時どこまで沈んだのだろう。私よりずっとずっと逞しい四肢が深い海底へ進んだあの時。私が呆然と呆気に取られ、まだ暴れる海を見ていたあの時だ。
まもなく雨も上がった。どのくらいの時間だったかは分からない。私はその雨が止むのと同時に立ち上がり、1人虚しく帰りの電車の切符を買って帰った。潮風にやられ酷く憔悴していた。
私のせいで円堂くんは死んだ。私が、この命を絶とうとしたからだ。なのに、私は今生きている。
矛盾だらけで虚空を彷徨う。それでも最後に私の名前を呼んで笑ってくれたのは嬉しかった。しかし、その前に連ねられた言葉は私の胸を突いた。
円堂くんはもう死んでしまった。だから最後の言葉をやり直す事は絶対に出来ない。絶対に。

「…やっぱり、最後の最後には。」

私は生まれてこの方、思い通りに事が進んだ事がない。今までもこれからも、そんな人生を歩んでいくのだろう。
決して違うことなく列車は進む。元から用意されていた線路を秒刻みのスケジュールを。私だったらせめてスピードくらい自分に決めさせて欲しいと願う。
今日も重い曇り空。早朝こそ晴れ間が見えたものの、段々と雲の厚みが増し、重く重くのしかかってきた。この分では1日程度ではなく長く降らせる事になるかもしれない。
私は遂に堤防へと登り波堤を見下ろした。テトラポットの先端に人の姿を確認する。
それは一週間前の私と同じ、飾り気の無い白いワンピースに赤いサンダルを履いた少女だった。私は余りの事に目が離せない。
少女が振り返った。栗色の髪を靡かせ、少女の目が私を射抜く。

「…待ってたよ。」

おなまえちゃんが、私へと笑った。


やっときた土曜日

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