秋の始まりはまだ暑い。もうすぐ秋分の日にもなるというのに、日中の気温は暑いままだった。但し、夕方から明け方にかけての気温は夏真っ盛りの頃とは比べものにならない。お腹なんて出して寝たらすぐ下すだろうと思う今日この頃だ。
私はいつもなら少し早く起きて、地方の山里にあるお婆ちゃん宅から貰ってきた曼珠沙華に水をやる。まさに今日花を咲かせ始めた曼珠沙華は怖い程に真っ赤で、母さんや父さんは気味悪そうにしている。曼珠沙華は花の形が燃え盛る炎のように見えることから、家に持って帰ると火事になるという逸話がある。両親はその話を持ち出してきては、私が曼珠沙華を貰うのを拒んだものだ。

「どうしてそんな花を育てているの。もっと他にも植物はあるでしょう?」

そんな事言われても困る。私がこの花を好きだからだ。
曼珠沙華は彼岸花とも、地獄花とも、捨て子花とも呼ばれる。それを教えてくれたのは、かつて私の手を引いたお婆ちゃんだ。
お婆ちゃんも私と同じくこの花が好きで、昔はお婆ちゃんの家に行く度に墓地に群集して咲く曼珠沙華を見に連れて行ってくれた。もう他界してしまって居ないけれど、この花を見る度にあの手のひらの温かさを思い出す。

「おなまえ、用意は……また、そんな花の面倒なんかみて。いいから早く着替えて頂戴。お通夜に遅れちゃうわ。」

真珠のネックレスを豚のように飾った母さんが部屋に押し入ってきた。気づかれないようにため息を吐く。

「曼珠沙華だって生きてるんだよ。死んだ人の事より、今生きているものを大切にしなきゃ。」

「何馬鹿な事言ってるのよ。おなまえ、あんた守くんと昔から仲良かったんじゃないの?」

「そうらしいね。母さんまで通夜に呼ばれるくらいだし。」

昨日の事だった。円堂くんが、溺れて死んだ。通夜や葬式の詳しい話は全て耳を通り抜けていったが、受話器を置いた母さんの様子を私は忘れないだろう。
そりゃあ円堂くんは、母さんに言われるまでもなく仲が良かった。優しくて、真っ直ぐで、時折無神経さに苛立つ事もあったけど、良い人だった。そして私は、そんな円堂くんが好きだった。
薄い色合いの洋服に腕を通す。
円堂くんが海に行った理由が分からないと母さんは言っていた。昨日は天候が悪く、海は荒れていた。こんな時期にわざわざ東京を飛び出して円堂くんが遠くの海に行った理由。海岸近くには乗り捨てられた円堂くんの自転車が転がっていたらしい。私は母さんの話に相槌をうたなかった。
それは冷たい潮風を受け疲れきっていた事や、話し出したら全てを暴露してしまい兼ねない事もあったからだ。身体も心も冷え切っていて、昨日は早く眠りにつきたかった。
円堂くんが苦しそうに顔を上げた姿を、私は今でも鮮明に思い出せる。当たり前だ。たった一晩で忘れる事など出来ない。人の最後をみるのは初めてだった。
着替え終えた私はふと曼珠沙華を振り返った。赤い、紅い、朱い、夕焼けのような花弁が煌々と咲き誇っている。
円堂くんの墓前にこの花を供えてやろうかと考え、だがこの花は彼に似合わないので止めた。よっぽど向日葵の方が円堂くんに似合う。それに葬式に曼珠沙華だなんて、嫌味もいいところだ。


幕開を開けた日曜日

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