あの時少女は確かに、荒れる水面を見下ろしていた。
あれからまだそう時間は経っていない。けれど酷く遠いものに感じてしまうのは、それだけ少女にとって濃い毎日だったからだ。
あの日、少女はテトラポッドの上で息を呑んだ。手元に握られていた瓶に手のひらの熱が伝わる。固くコルクを閉められた瓶の中では、音もなく手紙が倒れた。
少女が深い深呼吸をしてもう一度海を見る。
黒々と深い海と重くたれ込んだ雲はいつもより近い。すぐそこまで世界が迫っているようで、少女は目を閉じた。
その時、円堂の声がした。驚いた少女が目を開け、振り返る。そこにはたった今乗ってきた自転車を乗り捨て、必死になって堤防をよじ登る円堂が居た。
慌てて少女はテトラポッドの上を跳ねる。どんどん近づく円堂を感じ、しかし遂に一番先端のテトラポッドへ飛び移った。荒々しい波が立てる水しぶきに少女の簡素な服が濡れる。

「さよなら、円堂くん。…大好きだったよ。」

やめろと叫ぶ円堂の声を遮り、少女は言い切ってから海に身を投げた。水面にぶつかった四肢、腕からは手紙の入った瓶が抜ける。
沈みゆく少女を追いかけた円堂もまた荒れる海へと飛び込んだ。無抵抗に沈む少女の腕を掴んでもがく。酸素を得ようと上を目指すが、水泳の授業のように容易にはいかない。水分を含んで重たくなった服、荒れ狂う波の最中、更に2人分の身体を支える羽目になっている。
少女の手が円堂を振り払った。もうやめて、という声は荒波に飲み込まれる。自分の名を呼ぶ円堂に少女はまだ揺れていた。

「私はもう嫌なの!けど円堂くんは生きて、生きてよ円堂くんっ!!」

叫ぶと同時に多量の塩水を飲み込み、少女がゲホゲホとむせた。口の中が泥っぽく、段々と沈む。だが円堂はそれを許してはくれず、また少女を水面近くへ引き上げた。

「まだやってない事がたくさんあるだろ!?頼むから俺の為にも死なないでくれよ!!」

息が苦しい。同時に胸が痛いのだが、少女には理由を計りかねた。
もう少女の身体は動かなかった。意識を保っているのも危うい。水流に揉まれた指先は冷え切って感覚はなかった。
少女の身体を円堂が抱きすくめる。そしてゆっくり埠頭へ押し上げた。水に濡れた服はぐっしょりと重く、それを纏う少女はいつもより重かった。

「円堂、くん…」

泣きそうな表情で少女が呟く。いつも少女の人生は思い通りに進まない。
円堂の言葉が少女の鼓膜を揺らした。肩を揺らし、瞳を揺らし、そして心を揺らす。
少女に笑いかけた円堂が、大波に呑まれた。

「えん、ど…っ」

ただただ暗い空が少女を見下す。少女が流した瓶は遠くへと離れていく。

「円堂くんっ!!」

それきり円堂は浮かんではこなかった。


君と少女の一週間

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