私は不安を和らげてくれたあの時から、ずっと鬼道くんが大好きだった。

「鬼道くん!」

呼び声に応え鬼道くんがこちらを向く。いつも以上に難しい顔をした鬼道くんは私の姿を認め、更に眉を寄せた。

「おなまえ…どうかしたか?」

「…、」

最近パパと鬼道くんがうまくいってないのは知っていた。パパの横暴なやり方が気に入らないらしい鬼道くん。私も好きじゃないけど、パパにはパパの考えがある。私が口を出してはいけない。

「…パパが、呼んでる。」

「…総帥が…」

ぎゅっと今にもまして鬼道くんの眉間の皺が濃くなった。やや俯いた私の横を通り過ぎてゆく鬼道くんの背。はためく赤いマントがふわりと私の腕を切った。

「鬼道くん、…」

切ない胸に圧され、私は思わずその背を呼んだ。鬼道くんの方へと向き直ると鬼道くんは私に背を向けたまま立ち止まっている。肩越しに私の方を伺って、私の言葉を待っていた。
鬼道くんにとって私って何なんだろう。やっぱりパパの手下なのかな。それとも‘おなまえ’としてパパから孤立した存在なのかな。パパを良く思わない今の鬼道くんは、私も良く思ってくれないのかな。

「鬼道くんが、私をどう思ってるか分からないけど…」

それでも私には私の信念があった。鬼道くんがどんな思いで私を見ているかが分からなくても、変えられない信念。鬼道くんを支えると誓ったあの日から変わらない。
けれどこれはこれ、それはそれ。変わらないのは私自身もである。

「…私、それでもパパの娘だから。」

パパを裏切る事は出来ない。もし鬼道くんがパパと相反する者になるのなら、それ即ち私とも敵対するということ。大好きだけど、そうなったら鬼道くんとて容赦しない。
だから、鬼道くん。お願いだから…お願いだから、そのままでいて。そうすれば私が君を伐つ事もない。君を憎む必要もない。
私の心中を知らず、彼は苦々しい表情を残してパパの部屋へ向かった。

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