今日も地下の修練所にて汗を流す。だけど心のモヤモヤは汗と共に流れてはくれなかった。
おなまえを想うあまりミスが目立って、忘れるために練習に力を入れるとまたミスをする。あぁまたおなまえの事を考えてたな、と弱い自分が酷く滑稽に思えた。
「一之瀬くん!」
機械の向こう、手を振る秋に練習を中断する。この部屋には俺と機械、今来た秋以外は居らず、機械が動きを止めた今、音は俺の荒い息と走り寄る足音ばかりが目立った。
「あの、ね…」
いつも明るい声の秋だが、今日はいつにも増して明るく笑う。
円堂にそっくりだななんて言ったら秋は顔から火が出る程赤くなるのだろう。だがそんな秋が、幼なじみとして走り回っていた時の秋とは違い遠く感じたりもした。
「どうしたんだ?」
無音に堪らず先を促すと、秋はちらりとドアに目線を送る。そのドアはまるで秋の念力かのように勝手に開き、否、開いて入ってくるおなまえがそこには居た。
「…あ…」
あまりの事に声すら出なかった。今までうじうじと考え込んでいた頭はデリートボタンを押したように真っ白で。するべき事、しなければならない事はあるはずなのに、おなまえを見る瞳にばかり意識が集中してしまう。
こんな時に、綺麗だな、なんて…まったく、我ながら不謹慎にも程がある。
俺が鯉さながらにパクパクと口をただ開閉させている間に、おなまえはまっすぐ迷いのない足取りで近づいてきた。割り切った性格が好きな所でもあるが、時にその性格は俺の理解の範疇を超える。偶には甘くしてもいいんじゃないのかな。
「一之瀬、」
直線的に視線が行き交う。いつの間にか秋は先程よりずっと下がって、おなまえとは相反して部屋から出て行こうとしていた。
そんな事よりも目の前のおなまえのすがすがしいくらいの笑顔が怖い。
「…おなまえ、」
そうその名を呼ぼうとした刹那、彼女の平手打ちはいかにもな音を立てて俺の頬を通過した。
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