「ねぇ、」

無事何事もなく1日が終わったが、俺はまだ隣に座る少女と会話をしていなかった。
他のクラスメイトが集まったり、色々な場面で話しかけてくれたりしたけど、その輪に彼女が入ってくる事はなかった。

「私?」

声音が少し冷たくて、でも嫌そうに細めた瞳に惹かれる。
小さく頷いて俺は口を開いた。

「名前は?」

一度まばたきをしてふっと息を吐く。その動作さえ神々しくて俺もため息が出そうだった。

「…ななしのおなまえよ。」

話しかけないで欲しい。
そんな気持ちが聞こえてきそうだ。俺は敢えてそんな気持ちに気づかないふりをして顔を輝かせる。

「そっか!」

笑った俺に、おなまえは少し驚いたようだった。

「俺、一之瀬一哉。サッカー部に入部するんだ。」

朝前で話したけど、おなまえにきちんと挨拶がしたくて再度名乗る。

「おなまえは部活に入ってるの?」

これは単に興味本位。
おなまえの細い腕が自然な程度で鞄に教科書を入れている。

「入ってないわ。」

そうだろうな、とは若干思っていた。
なら…と言いかけた俺に、教室のドアを勢い良く開く音が邪魔をする。お騒がせな少年、円堂の声により遮られた。

「一之瀬!部活行こうぜ!!」

にかっとあの特有の笑いを見せる円堂。
元気よく手を振る円堂へと向いている内に、おなまえに逃げられてしまった。

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