「…おなまえ…。」
おなまえが驚いた顔をして俺を見る。
「一…之瀬…」
顔を反らした。
俺の顔を見たくないのか。
「…はい、ボール。」
「…ありがとう。」
ボールを受け取って、残ったのは嫌な雰囲気だけ。
何を言おうかと口をパクパクさせる俺に、おなまえが先に口を開いた。
「ごめん、邪魔して。もう帰るから。」
「待って、」
俺の言葉にあの時のように足を止める。だが俺は何を言おうかとしていたのかが分からない。
「あ、その…今日は、どうしたの?風邪?」
「…別に。サボっただけ。」
「じゃあなんで、今…」
「分からないわよ!!」
おなまえが勢いよく振り返った。
「分からないわよ、なんでここに来たかったのか…なんでこんなに胸が締め付けられるのか、分からないのよ…。」
言ってから俯くおなまえは、あの時のように美しい涙を零している。
それって、少しは自惚れてもいいの?
「…おなまえ、俺はおなまえが居ないと駄目なんだ…」
おなまえの濡れたまつげが小刻みに震えた。
「なんでそんな事を言うのよ…私は…っ」
「おなまえが好きだ。愛してる。綺麗だけど、外見だけじゃなくて。おなまえが俺を見てくれるのが、俺がおなまえの傍に居られるのが、嬉しいんだ。」
黙り込んだおなまえは困ったように眉を寄せる。
「傍に居る。ずっと近くで、守るから。」
「私…は…」
「人形なんかじゃない。おなまえはおなまえだろ?俺が好きなのはおなまえなんだ。」
「私は…!」
長いのおなまえの髪が踊り、その美しさが増した。もう揺れない瞳がその心を表している。
「好き。…一之瀬が、好き…。」
「おなまえっ…!!」
持っていたボールを捨てて強く抱きしめた。
隣でボールが跳ね、音もなく俺たちから離れてゆく。
そっと隙間からおなまえの頬を盗み見る。
初めて見る程に真っ赤に染まったそれは、俺を少し嬉しくさせた。
また見つけた、おなまえの一面。
「…バカ。」
ここがどこか、今がいつか。状況を考えて、おなまえがため息を吐いた。
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