付き合うことになってから数日、士郎くんは今までに増して私と一緒に過ごすようになった。否、今までアツヤくんと過ごしてばかりだったから、増してという表現は適切でないかもしれない。
 とにかく、私達は周りの人達が驚く程共に過ごす時間が増えた。授業の間の短い休み時間にも私の元を訪れる士郎くんに、周囲の視線を浴びる私は少し戸惑っていた。
「あのさ、」
 いつもの帰り道、私は隣を歩く士郎くんに視線を投げた。士郎くんも、呼びかけに反応して私の方を見る。緑色の瞳が、吸い込まれそうなほど深い。
「…無理して一緒に居なくていいよ。私、1人でも大丈夫。」
 少し前までは、1人になるとアツヤくんのことを考えて気が沈んでしまうこともあった。けれどあの日、あのお墓に手を合わせてからは、少しだけ気持ちに区切りをつけられた気がしている。
 私の言葉を受けて、士郎くんは一度目を丸くした。それからふと目を細めて、顔を伏せる。数秒後、またこちらを見た彼は、いつもの人当たりのいい笑顔を湛えていた。
「よかった。」
 余韻たっぷりにそう言って、士郎くんは二度三度頷いた。私は上目遣いに彼を窺いながら「今までごめんね」と謝る。士郎くんはかぶりを振ってそれに応えた。

 私が「無理して一緒に居なくていい」と言ってから、士郎くんと過ごす時間は次第に減った。減りはしたが、旅に出る前の頻度に戻っただけだけで、今までが異様だったと言われればそれまでだ。けれど、どうやら「2人は別れたのだ」という噂が実しやかに囁かれているらしい。そもそも付き合ったことすら話した覚えがないのに、士郎くんのファンはやはり目敏い。
 それだけたくさんの人に慕われている士郎くんを、アツヤくん恋しさに私が独り占めするなんて間違ったことなのかもしれない。ぼんやりとそんなことを考えていた矢先、私はクラスメイトの男の子に放課後の校舎裏へと呼び出された。
 中学校の校舎裏は、建物の陰になっていて人通りが少ない。学内のゴミ集積所があるため足を踏み入れたことはあるが、逆に言えばそれ以外で向かう場所ではない。
 士郎くんは今頃部活に勤しんでいるだろう。グラウンドから聞こえる様々な部活動の掛け声を聞きながら、建物の角を曲がる。すぐ目の前に、呼び出した張本人が待っていた。
「急にこんなところに呼び出して、ごめん。」
 私の顔を見るなりしおらしく謝る彼は、少し目を泳がせながらも私と向かい合う。危害を加えるつもりはないらしい、と分かり、内心ほっとした。
「あの、俺、おなまえのことが好きなんだ。付き合ってください!」
 急な言葉に戸惑いつつも、真剣な様子の彼を見る。その表情は冗談ではないと物語っていた。
 彼とはクラスメイトの間柄ではあったが、逆に言えばそれだけの関係だ。さほど思い入れもなく、別段意識もしていなかった。中学生ともなれば多少色恋に興味が湧くものではあるが、やはりどうしてアツヤくんを求めてしまう自分が居て、そういったものについて深く考えたことはなかった。
「…ごめん、私…好きな人、が居て。」
 だから、ごめんなさい。そう伝えると、彼は「そっか」と小さく呟く。気まずい空気が流れて、私は少し俯いた。
 赤く染まる夕日が、私達の影を長く伸ばす。私は自分の足元を見つめ、近くに人の気配を感じた。その時だった。
 彼が私の手を取って、「それなら!」と少し大きな声を出す。驚いて顔を上げた私をまっすぐ見つめ、必死な目をして彼が言う。
「それなら、俺をその人の代わりだと思ってくれていいから!」
 彼なりの好意なのだろうということは理解できた。それでも、突然のことで目の前の事態を把握するのが精一杯だ。素直な私の心はただ1つ、手を離して欲しい、と、それだけを思っていた。
 私が何か返事をするより早く、向かい合う彼は驚きの表情で私の傍を見る。つられて私も彼の視線を追って、漸く私の背後に立つ士郎くんに気が付いた。
「アツヤの代わりは、僕1人で充分。…だよね、おなまえちゃん。」
 士郎くんは静かに言いながら、彼と私の手をそっと解く。何も言えないでいる私を置いて、士郎くんはクラスメイトに「ごめんね」と冷たく笑った。
 呆然としている彼を他所に、士郎くんは私に「行こう」と声を掛ける。私が彼に「ごめんね、ありがとう」と言う間にも、士郎くんは私の手を引いて歩き始めた。
 いつになく強引な士郎くんは、少しだけアツヤくんの背中を彷彿とさせる。それでも優しく包み込むような手の握り方は、アツヤくんのそれとは違っていた。
 ふと、私はそこで思い出す。先程彼に手を取られた時、離して欲しいと思っていた。けれどどうだろう、士郎くんに手を引かれるのは、嫌ではないらしい。
「ねえ、士郎くん。」
 私の呼び掛けに応えず、士郎くんはずんずんと進んでいく。その歩幅はいつもより大きく、以前よりも高くなった士郎くんの背をよく表していた。
「…ありがとう。」
 やはり士郎くんは答えなかった。
 心地よい風が吹いて、私たちの髪を揺らす。部活動の途中だっただろう。ユニフォームのまま駆けつけた彼の手は、少し汗ばんでいた。

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