おなまえは声をあげず泣いた。嘘に慣れても、涙には慣れない。否定したいのに言葉も出ない。そうおなまえは項垂れた。
鬼道が花束を手にやってきた。道路脇に添える。おなまえの肩に手を伸ばし、しかし鬼道は触れられなかった。
おなまえの肩が嗚咽と共に揺れる。
鬼道の頭を巡るのは安くてありきたりな言葉だらけで、おなまえの気持ちを逆撫でするものばかりだった。だが鬼道も黙っていられなかった。鬼道も泣いていた。

「あの人の死は、大きすぎた。」

何の結論も出ないままに、影山零治は終焉を迎えた。護送中の車が事故に合ったらしい。不運にも、亡くなったのは影山だけだった。
憎々しい程のスピードでおなまえはまた失ったのだ。速さは憎悪だ。おなまえは知った。

「俺はあの人に、まだ言いたい事も聞きたい事もあった。」

鬼道は俯いた。

「…どうして…」

「どうして」その鬼道の一言に、震えていたおなまえの肩が止まった。泣くのを止めたおなまえが俯く鬼道へと向く。強い口調でこう言った。

「鬼道くんにはきっとなにも分からないよ。愛されているあなたには何も分かりっこない!」

鬼道は顔を上げ、おなまえの視線に応えた。
楽しくサッカーしてた癖に、とおなまえの目線が語っていた。鬼道は息を呑む。

「私の痛みは分からない!もう私にはパパだけだったのに。パパしか居なかったのにっ!」

強く目を瞑ったおなまえの瞳から、二粒雫が生まれた。
おなまえだってそんな事を言いたい訳ではなかった。しかし事実鬼道に自分の気持ちは分からないだろうとも思う。おなまえ自身自分の気持ちが分からなくて、怖くて涙を流している。

「何度も居場所を失うこの悲しみを、鬼道くんなんかに…」

「それは…」

鬼道は頭を垂れ、自身の足元を見下ろした。頼りない影が足元を彩る。

「消えてよ、…もう、終わりなの。鬼道くんを見てると、苦しくなる…っ」

そう言うとおなまえはまたぼろぼろと涙を溢した。鬼道は何も言えずにその背を見ているだけだ。そうしてようやく、言葉を絞り出す。

「…すまない。」

謝らないでよ、なんて、今のおなまえに言う資格はなかった。おなまえはもう目を伏せるのは止めた。目を逸らすのも、嘘も、真実も、全てを捨ててしまった。だからおなまえは笑えない。あの3歳児のように泣く事しか出来ない。
去って行く鬼道の背が嫌に小さく見えた。もう振り返らないのは、失意からか、決意からか。
残されたのは滑稽なおなまえの背中だけだ。おなまえとあの3歳児との違い。それはもう、残り時間の他に無い。
せめてもの意地で「さよなら」を口にし、おなまえはやっと鬼道から放れる。



とても幸せとは呼べないけれど。
それでも彼女は苦しみを、痛みを、強さを知った。
それが悲劇だと、君は言うのかい?


TOP


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -