色十色
「安請け合いするんじゃなかった…」

心の内がしっかり外に出ていたらしく僅かに笑う声がした。

角度的には見えないが、マスターがどんな顔をしているのかは自然と浮かんだ。

口角を微かに上げて薄く彼は笑う。

「よく言う。十分渋ってただろ」

「渋った内に入らねぇよ」

頼りにされて弱い相手は大抵誰でも同じだろう。俺だけが特別なわけじゃない。

「ああ、顔、顰めるな」

少し顎を引け、力を抜けと細かく飛ぶ注文に、出来る限りは従って流す視線の先、青空、飛ぶ鳥。

絵心のない俺でさえ、絵になると思える景色は手近に溢れていた。

風景を好む画家が選びそうな土地だ、というのに。

「なんで俺?」

マスターがアトリエと呼ぶ一室は海辺に面していて、
沖のヨットや熱心なサーファーを意味も無く数える。そうやって気を紛らす。

自然な表情、なんてものは無意識の産物だ。

意識した時点で無理だと断った依頼は、難しく考えるなと笑ったひとに一蹴された。

どうしてもおまえが良い、なんて殆ど殺し文句だ。断り方を誤ったと気付いても遅い。

意識してる相手の視線をずっと片頬に浴びて、平常を装うのは無理だと。

はっきり告げていたら今、どうなっていたのだろう?

何かが変わった気もするし、変わらなかった気もする。

今のままでいいと思う気持ちの方が強かった。一方的に想う期間が長すぎた所為だ。

「俺メイトの顔、好きなんだ」

「へぇ…知らなかった」

そりゃあつくり手に感謝するしかないな。

「中身のよさが表に出てる」

「…なんだ、口説いてんのか?」

笑い返すとマスターも笑った。

苦手な相手と同居するほど、自虐的なひとでもない。好かれているのは知っている。

けれど、こちらと同じ温度を持ち合わせているとは思えなかった。

マスターは誰に対してもそうだ。人当たりはいいが、執着はしない。

馴染みの依頼で講師もするが、対面は選ばず画面を隔てる。

放送局のある都心へは年に数回向かう程度で、主な収入源は絵だ。音楽は趣味だと言っていた。

「人物画は描かないのかと思ってた」

「…描かないんじゃなくて描けないんだ」

思いの外慎重な声色に、視線を向けると目が合った。

「好きなものしか、描けない」

直ぐに逸れて、キャンバスへ向かう。決定打に欠ける。

「…ヌードが良かった?」

「おいおい…描く気を削ぐなよ」

笑う声音に笑ったけれど、浮いた気分は簡単に落ちた。

「触れたくなるだろ」

一拍の無音。耳を疑って瞬くと、ああその顔もいいなとか緩やかに笑う。なんだその面、こっちの台詞だ。

「よくねぇよ、おい描くな」

「あーメイト立つな、座れ」

このひとの才能を呪ったのは、このときが初めてだ。

窓際の木椅子で海を眺める青年の絵。
その横顔は僅かに赤く動揺に溢れて、後に俺を面映い気持ちにさせた。

定期的にやって来る画廊の女性オーナーは異質な作品を熱心に欲しがっていたが、タイトルを聞いて諦めたらしい。

マスターが付けた題名は『mine』で、彼女は俺との面識もある。

理解のあるバイヤーに祝福を受けた程度の変化だ。日常は思ったよりも変わらない。

寝室がひとつになって、ベッドを新調した。それだけだ。

それだけで浮かれる相手を眺めて、こちらも鼻歌が混じったりする。

ただ、ありふれた毎日は確実に彩りを増した。


end
募マス箱より「画家など芸術家な」マスターでした。
モデルを頼まれたボカロが照れたりとのことだったのでそんな感じで!
寄付して下さった貴方様へ捧げます。ありがとうございマスター!^O^

[歌へ戻る]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -