病に目眩
『きっとしっと』のふたりのような
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「飯、食えそうか?」
鼻さえ馬鹿になってなければきっと、良い匂いがしてるんだろう。
彼が作るものならいつだってなんだって食べたい。たとえ流行り病に伏していてもだ。
トレイを片手にやってきたメイトへ緩く頷いて怠い身体を何とか起こした。
肩口に渡されたカーディガンをのろのろ羽織って、ベッドヘッドへ寄り掛かる。
寝起きの怠慢な動作の横で、てきぱきと椅子を運んできたメイトが腰を下ろしていた。
「おー美味そう」
笑った拍子に咳き込んで掠れた声に、綺麗な眉を少し顰めた苦笑が返る。
「ひどい声だな…ほら」
「え」
「零すなよ」
こちらから茶化して、ねだるまでもない。
たまごのお粥を掬ったスプーンが湯気を纏って、当然のように口元へ運ばれるのに多少戸惑う。戸惑いつつも、
「ふー、は?」
無意識に追加注文を口にしていた。恐ろしい。熱っていうのは自制を遮る。とても恐ろしい。
「…は?冷ませって?」
「無理にとは言いませんが…」
「はー」
「はーじゃなくて、ふーな」
無理じゃなかった。言ってみるもんだ。
溜息混じりに呆れられつつも甲斐甲斐しく冷まして貰ったお粥を食べた。
ここまで献身的な看病をされた過去の記憶は恐らく幼い頃まで遡る。
大体、風邪自体が数年に一度引くか引かないか…だったし、こじらせることも滅多にない。
急な寒さに、はやりのウィルス、睡眠不足や疲労その他が重なった今回が異例だったのだけど。
元々なんだかんだと優しいメイトのボランティア精神はメーターを振り切っているらしい。
上げ膳据え膳、至れり尽くせり…こちらから何か頼むより早く用意されていたりする。
そういう、数ある惚気話の一種として稀に、友人知人に聞かされたことならあったのだが。
百聞は一見に以下略。実際、体調不良で心身ともに弱ってるところに体験すると確かに…
「惚れるわ…これは」
誰かに話したくなるのも分かる気がする。
もう少し治らなくてもいいかもしれない、なんて。
迷い事と一緒に零れた独白が聞こえたのかどうか。瞬いたメイトが白々しく顔を顰めた。
「…いや、ちゃんと治すけどな?」
「へぇ…今までは?惚れてなかったのか」
ほぼ同時に発した言葉に、二の句を失うこと暫し。
先言を理解するに従って胸の奥で燻る熱は、風邪による症状とは別だろう。
いやいやいや、そこを気にすんのかよ。何だ今の言い方…不意討ちすぎた。
「…ほら、寝ろ。欲しいもんあったら言えよ」
「メイト」
徐に腰を上げた彼の手首を掴んで返した即答は、そのまま曲がらず伝わったらしく。
「それは快気祝いだな」
たった今、拗ねて見せてたくせに。揶揄混じりの瞳を細めて艶っぽく笑ったりする。
一刻も早く全快しなければならない。
寝室を出て行く背後を見送って、決意も新たに潜ったベッドで瞑眩に苦笑した。
彼に対する別の病は悪化こそすれ、一向に治りそうもない。
end
ふたりの続編が見たいって言ってくれた方へ!
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