ベストロスト
(モブ)青と(マス)赤
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「もう行くのか…」
あからさまにしょげた声音を背後に受けた玄関先で。
今まさに履こうとしてた靴を思わず靴箱に戻したくなった。
やっぱり今日は止めにして、また別の日にして貰おうかなんて。
一瞬でも過ぎった自分の身勝手さに反省する。
俺一人の予定ならばどうにか都合を付けるけれど、振回す相手がいるならそうもいかない。
訳を話せばきっと笑って、受け入れてくれそうなひとだから余計に駄目だ。
「うん行くよ。俺、服どっか変じゃない?」
「…。」
「もう…そんな顔しないで」
無反応に振り返って見れば予想以上に不貞腐れた顔だったアカイトに笑って、触れた手を握る。
「お土産買ってくるからね」
「要らない」
素直に握り返してきた手のひらに堪らない気持ちになるけれどずっと繋いでるわけにもいかない。
こうしてる合間にも約束の時刻は迫っているのに。
「あーこらアカイトおまえまた引き止めてんのか」
廊下の向こう、こちらに気付いたマスターが呆れた顔をして。
深紅の髪を撫ぜる頃には自然と離れていった指先を少し名残惜しく思った。
「べつに、引き止めてないだろ」
「だそうだ」
今の内に早く行けと笑ったひとに促されるまま頷いてドアを開く。
「じゃあ行ってきます」
「うん、気をつけて。あいつによろしく」
「はい」
デート楽しんで来いよ、と掛かったマスターの一言で一気に緊張してきた。
『マスターの幼馴染』として、よく家に来ていたひとと二人で会う関係になったのはまだ最近の話だ。
早く顔を見たいような、このままどっか逃げ出したいような落ち着かない気分のまま。
今日一日に思いを馳せて待ち合わせの場所へと急ぐ。
そんな相手が出来たからって勿論、家族への愛情が薄れるわけじゃない。
それはマスターを好きになったアカイトだって分かってる筈なんだけど。
すんなり送り出されたらそれはそれで、きっと俺は寂しくなるんだろうな。
いつまでもお互いの一番で居たい気持ちが未だに抜けない。
自分のことは棚に上げていつもごねるアカイトも大概だけど、俺も十分欲張りだった。
end
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